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異世界カフェで朝食を

「教えてもいいけど、先に貴女のことも教えてくださいよ。そっちの素性もわからないのに、私たちの情報をペラペラ話したくないですからね」

「ミチコ!」

「ごめんなさい。でも、今の私たちは、警戒したってし足りないくらいなの。だって実際、貴女たちはあのカインズとかいう男の仲間なわけでしょう? いつ武器を手に襲いかかって来たっておかしくないもの」


 自分でも良くない態度を取っているとは思いながらも、美智子はあえて冷たく言い放った。カイヤも流も困った表情でそんな美智子を見ている。目の前の黒髪の女性、エトワールは一瞬、驚きに目を見開いたもののすぐに微笑みを取り戻した。 


「警戒するのは、正しいことですわ。わたくし、気にしておりません」

「しかし……」

「そうですねぇ、わたくしのことを知れば、少しは心を開いてくださるかしら。それとも……もしかして、もっと警戒させてしまうかも。とにかく、座って朝食をいただきません? このお店、とっても美味しいお紅茶を出してくださるの。それに、コーヒーもありますし、黒豆茶も。お好きなものをどうぞ」


 まなじりのきゅっと上がった、ツンとした顔をしているエトワールだが、笑うとふんにゃりとした優しい顔になる。それに使う言葉もかけられる声音も柔らかかった。


 警戒心が解けていく。だが、ここで油断してはいけない、と美智子は身を引き締めた。なぜならこの場に女はエトワールと美智子だけ。美智子が彼女を警戒しなくては、紳士的なカイヤと女に弱い流では話にならない。現に、流はさっそくデレデレし始めている。


 エトワールの言葉を受けて流が席につき、美智子にもメニューを差し出した。文字だけのメニュー表には知らない文字が踊っていたが、一瞬それが蝋燭の火のように揺れたかと思うと、読める文字に置き換わっていた。


(字が……! 今まで意識してなかったけど、こんなこともあり得るのね……)


 驚く美智子をよそに、同じ立場にも関わらずまったく気にした様子のない流があっけらかんと話しかけてきた。


「オレ、このモーニングプレートにする! 美智子ちゃんは?」

「あのね、流クン」

「いいじゃん、元々ここで食べる予定だったんだしさぁ。それに、食べないと頭が回んないぜ」

「まぁ、確かに……。朝からちゃんと食べておかないといけないのは、そうよね」


 メニューに目を走らせると、かなり現代的なラインナップが並んでいる。食事に関しては今までも困ったことはなかったが、外食となると豪華さは段違いだ。しかもオシャレなカフェのテラススペースである。美智子はツンケンするのが馬鹿らしくなってきた。


 警戒するのはするけれど、楽しんでいけないという理由はない。美智子はメニューを手に取り、注文する品を選ぶことにした。


「えーっとね、サラダとパンのセットにオレンジジュース。スープはコレね。あ、ドレッシングはスパイスの効いたのがいいわね」

「それなら、セウルメント・ソースがおすすめですわ」

「それはどんなものなの?」

「イワシの塩漬けをペーストにして、胡椒と粉チーズで味付けしたソースですの」

「あら、美味しそう! じゃあ、それにするわ」

「私はこちらのパンのセットにする。飲み物は……ハーブティーでお願いしよう」


 カイヤも注文が決まったようだ。彼が手を上げてウェイターを呼ぶ。美智子はさらに追加で言った。


「あ、それからこっちのプリンもお願い」

「デザートまで食うの? んじゃ、オレもプリン!」

「いいですわね。せっかくなので、わたくしもプリンをください」


 店員はにこやかにメニューを復唱すると店の中へと入って行った。


「それじゃ、注文した料理が来るまで、わたくしの話を聞いてくださるかしら。トムさんが帰ってくるのとどちらが早いかしらね」

「すみません、ラペルマ夫人」


 カイヤが軽く頭を下げると、エトワールは朗らかに笑った。


「あら、どうぞ貴方もエトワール、とお呼びになって。わたくしは、大陸にある大聖堂で黒術を学んだ黒術師ですの。今は、夫であるトマス=ハリス・ラペルマと同じ、金杯騎士団の最前線で魔物と戦う日々です。ようやく休暇が取れたので、結婚の儀を行いに来たんですよ。カイヤさんのいう、マレビトのことは本で得られる知識程度のことは知っています」

「魔術師かあ……。大陸にも大聖堂があるのね。ここだけじゃなくて」

「ええ。むしろあちら側の方が本場なんですよ。海を渡っての長旅は苦労しましたが、行ってよかったと思います。五年はあっという間でした」

「親元を離れて修行してたってこと? あの、失礼だけど、何歳のときの話なの?」

「修行に行ったのは十の年ですね。成人の儀も向こうで。戻ってきたと思ったら、結婚の話が持ち上がっていて驚いたものです。あ、トムさんとは恋愛結婚なんですよ! トムさんはわたくしをあの家から連れ出してくれたんです……あ、ごめんなさい、つい!」

「ふふ、ごちそうさま。……やっぱり私たちの世界とは違うのね。小さいときから独りで修行とか、政略結婚とか。こっちは今じゃそんなの流行らないわ」


 つぶやきながら、美智子はエトワールの夫である、くすんだ長い赤毛を頭の後ろで束ねた、厳しい表情の男を思い出していた。どちらかというと淡白そうな男だが、意外と情熱的らしい。


「あら。私たちの世界と言うことは、もしかしておふたりとも異世界からいらっしゃったの?」

「ばっか! 美智子ちゃん!」


 今まで黙っていた流がこんなときだけ大声を出す。美智子は流の口を直接手で塞ぎながら反論した。


「いいじゃないの。このひとは正体を教えてくれたし、今ここにいるのは私たちだけよ? 異世界人について聞きに来たんだから、いずれバレちゃうとは思ってるし。でも、このひとにだけ。これ以上バラすことはしないわ。特にさっきの銀髪カインズにはね」


 それに、と流の耳許で美智子はささやく。


「その石を首からぶら下げていること自体、私たちが異質な存在です、ってみんなにアピールしているみたいなものよ。どうせ探りを入れられるなら、こっちから言える分だけ事情を話した方が早いわ」

「んなこと言ったって、旦那さんがいるんじゃ結局バレるじゃん!」

「ちょっと流クン、声が大きいわよ」

「あらあら」

「コレのことまで言った方がいいってワケ!?」

「ストップ! ちょっと、いったん落ち着こうじゃないか!? ナガレも、ミチコも!」


 立ち上がって胸元に手をやる流の肩を、カイヤが慌てて抑えた。こんなに余裕のないカイヤを見るのは初めてかもしれない。美智子は流を手で押しのけつつ、カイヤに向き直った。


「私は今、割と落ち着いている方よ。それより流クンをお願い」

「……わかった。ナガレ、座ろう。ミチコには考えがあるようだよ」

「…………。わか、った……」


 カイヤの執り成しに、流は納得していない表情のまま、ゆっくり席に腰を下ろした。

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