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思わぬ再会

 早朝、大きな鐘の音で流たちは叩き起こされた。何事かと思えば、大聖堂の祈りの鐘らしい。


「うるせ……クソ、今何時だよ、もう」

「二時間ごとに鳴るんだ。朝食まではまだあるな。あともう二回鳴ったら朝食に行こう」

「マジかよ~~~!」


 流は叫ぶと、頭から毛布を被って二度寝の姿勢に入った。カイヤはそれを微笑ましそうに眺めると、「トムについて聞いてくる」と言い身支度を整え始めた。美智子はまだベッドに横になっていたが、礼儀として背を向ける。やがて音が止んで、カイヤが小声で話しかけてきた。


「ミチコ、誰が来てもドアを開けてはいけないよ」

「そりゃもう。私ももう少し寝ようかしら。あ、部屋は鍵かけていくわよね? で、後から開けて入ってきてくれるのよね?」

「もちろん、そうするよ。ただ、術が使える人間は同時に解呪もできるということだから、内側からつっかえ棒をしておいてくれ」


 カイヤの言葉に、もう寝たかと思っていた流がむっくり身体を起こして不機嫌な声を出す。


「なんだよそれ……なんでもアリじゃん」

「そりゃそうでしょ。ここは私たちの住んでいる地球とはまったく違う異世界なのよ? 何があったって不思議じゃないわよ」


 異なる世界だからこそ、常識だって異なる。

 美智子は前回、別の異世界にトリップした時にそれを散々思い知らされたものだった。


 しかし、流の心には響かなかったようだ。そっけない返事の後、流はもう一度横になり今度こそ寝てしまった。美智子は流がいびきをかいている間に身支度を済ませ、足の具合を確認した。痛み止めはあと一回分しか残っていない。今日はあまり足を痛めるような出来事に遭遇しないよう、美智子は祈った。


 それからしばらくしてもう一度聖堂の鐘が鳴り、カイヤが帰ってきた。窓の外の明るさから、時刻はおそらく朝の六時頃だろう。


「おかえりなさい、カイヤさん。悪いんだけど、早めにここを出発したいの。朝食を摂ったらすぐにでもね。アイツに見つからないうちに」

「もちろんだよ。それに、ちょうどよかったな。トムと朝食を一緒に摂る約束をしたから、さっそく移動しよう」


 そう言うとカイヤは流のベッドに近寄って、ゆさゆさと揺さぶった。


「ナガレ、起きてくれ。朝食を食べに行こう」

「ん~~~」

「ナガレ、ほら、支度しよう」


 ぼんやりした顔で起き上がった流は、言われるままに服を着替えて荷造りをした。部屋を整え、さっさと移動する。美智子も流も、建物を出るまで緊張してキョロキョロ見回していた。


「よっし、アイツいねぇな!」

「そうね。さぁ、行きましょう」

「ミチコ、よかったら抱きかかえて行こうか?」

「えっ、ええっ!? い、いいんですか……?」

「もちろんだとも」


 カイヤは腕を広げて微笑んだ。あくまでも紳士的かつ献身的な提案なのだろう、いやらしさはどこにも感じられなかった。相手が流だとこうはいかなかっただろう。足の痛みと体重を知られる恥ずかしさを天秤にかけ、美智子はカイヤの申し出をありがたく受けることにした。


 とカイヤは軽々と美智子をお姫様抱っこし、歩き出す。スーパーモデルか俳優かという超優良顔面を間近に見上げ、美智子の方が照れてしまう。背後で流が「ケッ」と悪態をつくのが聞こえた。


 美智子が羞恥心に悶えている間に、ほどなくして待ち合わせの店に着いた。しかし、そのテラス席になんと、あの男の姿があったのである。


「げぇっ!」

「そんな……」


 その件の男、銀髪の聖堂騎士カインズも三人に気がついたようで、ニヤリと笑って飲みかけのマグを持ち上げ挨拶をしてきた。彼と同じ席には黒い髪の女性と、赤い髪の男性がおり、どうやら彼ら三人は顔見知りらしい。


 カイヤに下ろしてもらいながら、美智子が諦めたような声音でつぶやく。


「ねえ……ここから先の展開ってすごくカオスな展開にしかならないと思うんだけど」

「オレ逃げたい。ダメ?」

「逃げても追われると思うわよ」

「うう……」


 流はギュッと胸元を握りしめた。そこには、失くさないようにとカイヤが紐で縛ってペンダントにしてくれた例の欠片が下がっているのだ。そんな風にしたら「見つけてください」と言っているようなものである。美智子は一歩前に出て、自然な動きで流を自分の後ろに隠した。もしかしたらまた気配でバレてしまうかもしれないが、今の自分にできるのはこれぐらいしかなかったからだ。


「とにかく、トムに話を聞こう。それから、考えようじゃないか」


 カイヤはそう言い、三人のいるテラス席へと歩いていった。少し話して、カイヤはふたりを振り返って手招きした。


「大丈夫かなぁ……」

「カイヤさんを信じましょう、流クン」


 流と美智子は顔を見合わせ、それから硬い表情のままテーブルに近づいて行った。すると、赤い髪の男とカインズが立ち上がり、美智子のために椅子を引いてくれた。


「どうぞ、お嬢さん」


 カインズの猫撫で声に、美智子は思わず悲鳴を上げていた。


「いやー! 怖い怖いこっわい! 怖いって!! 昨日のあれ見ちゃったもん! 貴方は私をどうするつもりなの? 煮るなり焼くなり好きにするつもりなの? ああそうだ、わかった、多分その椅子に毒の針が仕込まれてて……うーわ、やっぱり怖いって! 無理だってえええええ!!」


 美智子は痛む足も構わず後ずさりする。それを見た赤毛の男が半眼になって口を開いた。


「カインズ?」

「なんだよ、やめてくれよな。せっかくヒトが親切にしてやってんのに。昨日のことは……ほら、誤解だって」

「いやぁっ!」


 美智子は肩を抱こうとするカインズの手を振り払った。カイヤも流も身構えており、緊張した空気が漂う。その尋常ではない空気に、にこにこして座っていた黒髪の女性も立ち上がり、カインズを睨みつけた。


「ちょっと、ちょっと、おいおい……俺が悪者かよ?」

「どう考えても悪者だと思うけどね。だって昨日の夜、流クンに乱暴したじゃないの。それに、カイヤさんのこともよ」

「それはっ」


 言葉に詰まるカインズの肩を、赤毛の男が掴む。


「カインズ。ちょっと」

「クソが!」


 結局、カインズは赤い髪の男に連れられて席を外した。カイヤもそれを追いかけようとしたが、赤い髪の男に制止され、その場に留まった。黒髪の女性が改めて三人に席を勧める。


「さぁ、みなさん。どうぞお座りになってください。わたくしの名は、エトワール。みなさんのことも教えてくださいますか?」

「お騒がせして申し訳ない。彼女はミチコ、そしてこちらの少年はナガレ。彼らはある事情があって、別の世界から来た人間について調べているのです」

「まあ、そうでしたの。わたくし自身は出会ったことはありませんが、少しならお力になれると思いますよ?」


 エトワールは上品に口許に手を添えてにこやかに笑うのだった。

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