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飛んできた槍と色男

 大猪が吠える。それにより金縛りが解けた美智子は、努めて冷静に口を開いた。


「ね、ねえ、流クン……相手を刺激しちゃダメよ。このままゆっくりと後ろに下がるのよ」


 逃げるとしてもゆっくりと、決して背中を見せないように、という、熊に出会ったときの対処法を思い出しながら美智子は流に指示を出す。


 猪と熊は違うかもしれないが、同じ獣相手だ、セオリーはそう違わないはずだ。大きさだけを見るなら、この巨大猪は熊と似たようなもの、いやさらに大きい。なにせ体高だけでも美智子の身長くらいあるのだから。


 こんなときに、こんなとんでもないモンスターに出会うだなんて、本当についてない。しかも巨大猪は怒り狂ってヨダレを垂らしている。興奮していつ襲いかかってくるかわからない。


「下がるったって……コイツ明らかにオレたちを狙ってんじゃん!」


 流の大声に反応したのか、巨大猪は天を仰ぎ足を踏み鳴らした。


「しっ、大声もダメ!!」


 美智子は流の口を左手で塞いだ。

 これ以上刺激したら、本気で危ない。


 だが、流は美智子の手を振り払った。


「ここはオレが引き受けるから、来たほうへ逃げろ……!」

「ちょっと、何言ってるのよ、正気なの!?」

「ふたりともやられるよりマシだろ!」


 小声で言い合うふたりに、猪は今にも襲いかかってきそうだった。目を逸らしたらやられる、美智子にはそんな確信があった。


「逃げろって言われても、私が動いた瞬間にやられちゃうわよ! お願いだから、無茶しないで」

「クソ……。せめて武器があれば……」


 武器があったところで流では普通の猪にすら勝てそうにないのではと思った美智子だったが、さすがにそれを口にはしなかった。


 巨大猪はまだこちらを見て唸っている。まるで自分たちの隙を狙っているように……。


 膠着状態に陥ったままどれくらい経ったのか、やがて猪が足踏みをやめ、ぐっと頭を低くした。


「やば……。右に避けろ、美智子!」

「じゃあ一緒に飛ぶわよ!!」

「えっ?」


 そう言うとともに、美智子は流の手を掴んで横っ飛びをする。ふたりが今まで立っていた場所を、猪の突進攻撃が駆け抜けていった。


 ガヅンッと鼓膜にビリビリくる轟音が上がる。巨大猪は大人が手を回してもまだあまりあるほどの幹をした巨木にぶつかっていた。猪の攻撃避けるにはかなりスレスレではあったが、それが逆に功を奏したようだ。


「やったか!?」


 流が歓声を上げるが、やがてメリメリッと生木が裂ける音がして巨木が倒れていくにつれ、その顔色は悪くなっていった。


「ウソでしょ……」

「マズい! 逃げるぞ。立てる?」

「あ、待って、痛っ……!」


 美智子は立ち上がろうとして尻餅をついた。不安定な場所で流を引っ張ってジャンプしたせいで、足首を痛めてしまっていたのだ。


「オレの肩に掴まって」

「う、うん……」


 流が美智子を助け起こして逃げようとしたとき、巨木猪がまたしても咆哮を上げ、ふたりのほうへと向き直った。


「クソッ!」

「っ!」


 美智子は今度こそ終わりだ、とギュッと目を瞑った。死を覚悟したふたりだったが、そこへ、風を切り裂く音を立てて飛んできた一本の槍が猪の額へと突き立った。


『ギュイアアアアァ!!!』

「へっ?」


 めちゃくちゃに頭を振り始める巨大猪。断末魔の叫び声がふたりの耳に痛い。やがて猪が力なく項垂れたとき、ふたりの背後から草むらを掻き分け、ひとりの男が現れた。


「大丈夫か、君たち」


 背が高くスラリとした男だった。ファンタジーゲームの中から現れたかのような金属と革の鎧姿で、フード付きのマントを身につけている。頭は(ヘルム)を着けておらず顔は剝き出しで、整った目鼻立ちがハッキリとわかる。若く見目麗しい、白人の男性だった。


 色褪せたようなグレージュの髪は、ゆるくウェーブして中央の分け目から目許に落ちている。濃い色の瞳と凛々しい眉。左目の下にポツンとある泣き黒子が濡れたような色気を放っているが、削り出したような輪郭は男性的である。


 いきなり現れた彼が日本語を話しているように思えて戸惑っていた美智子だったが、どうにか言葉をひねり出す。


「あ……どうも。大丈夫です。あの……貴方は?」

「私はカイヤ・ショート。この辺りを見回って魔物を退治している聖堂騎士だ」

「聖堂、騎士、ですか」

「ああ。それにしても、どうしてこんな道もない山の中に? もしかして迷い込んだのかな?」

「まぁ、迷い込んだといえば迷い込んだんですけど……」


 どう説明したらいいものかと美智子は言い淀む。いかにも人種が違う相手にこうして会話が通じていることからして、やはり異世界に転移してしまったのは事実だろう。


 助けてくれたのは騎士らしいし、誠実そうではあるが、あまり深く踏み込んでこちらの事情を明かしたくない、と美智子は思った。以前のトリップで、助けてくれた騎士たちと結局は袂を分かち、死闘を繰り広げた経験があるからだ。


「美智子ちゃん、バトンタッチ」


 美智子の歯切れの悪さを見かねた流が、割り込んで説明をした。気が付いたらここにいたこと、そして猪に襲われたことを。


 すると、カイヤは意外な反応を見せた。


「まさかとは思うが、君たちはもしかして、別の世界からやってきたマレビトじゃないのか? そう、例えば、ラ・テッラ(地球)、とか」

「えっ!?」

「な、なんでわかるんですか!?」


 カイヤの口から飛び出したまさかの言葉に、流も美智子もビックリして叫んでしまった。

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