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深夜の襲撃

「やべ、ションベン……」


 夜中に小の方をもよおした流は、カイヤにも告げずこっそり部屋を抜け出した。トイレで用を足し、安心して部屋に戻ろうとしたとき、その進路を塞ぐ影があった。


「おい、またお前かよ」

「げっ」


 月光の下に見えた顔は、先ほど廊下で流に槍を向けてきた、背の低い銀髪の聖堂騎士だった。そのときと違うのは、鎧も槍も身に着けていないという点だ。おかげでより小さく見える。


 168cmしかない流よりさらに少し低い。身長で優位なことと相手の武装がないことで、流はドキドキしながらも落ち着いて話すことができた。


「通してくんねぇ? オレ、部屋に戻りてぇんだけど」


 銀髪の男はニヤリと口元を歪ませる。しかし、その青い目はまったく笑っていなかった。


「もちろん、いいぜ。……ただし、そのポケットに入れてるもん出してからにしろ」


 もったいぶったような猫撫で声から、脅しを含んだ低音へと変化する男の声に、流はギクリと体を強張らせた。


「なんで、そんなこと……」

「そこから妖しい魔力の気配がするんだよなぁ。……いいから、出せよ」

「ヤだね。これは、オレんだ!」


 流は男と戸口の間をすり抜け駆け出した。


「甘いぜ!」


 その流の脇腹に、男の拳が突き刺さる。


「ご、ぇ……!」


 よろめいた流の口から呻き声が漏れる。気絶しそうになりながら、それでもどうにか逃げようと、流は必死で足を前に出した。


「どこ行こうってんだよ」


 男の声には嬲るような酷薄な響きがあった。流がこれから行われるであろう暴力にギュッと目を瞑ったとき、部屋にいない流を探しに来た美智子たちが通りがかった。


「ちょっと、貴方何やってるのよ!?」

「美智子ちゃ……」


 ただ事ではない様子に気が付いた美智子が思わず声を上げる。廊下に倒れている流と、立ったままニヤついている銀髪の男。その容姿は流たちから聞いていた男の容姿と一致していた。


「大丈夫か、ナガレ!」

「ねえちょっと、これって何なのよ!? 説明しなさいよね!」

「ミチコ!」


 状況がわからない中、美智子はカイヤの制止を振り切って勢いよく男に詰め寄った。


「チッ、るせぇなぁ」


 その瞬間、銀髪の男からすさまじい殺気が放たれる。美智子は思わず男の頬を、全力で横にひっぱたいた。


「ふ……ざけんじゃないわよ!!」

「ってぇな……!」

「ミチコ! 下がるんだ!」

「っ!?」


 美智子は思わずバックステップで距離を取る。身のこなしは以前、こことは違う異世界で魔物や未知の術を使う人間相手に戦った際に身についたものだった。


 自分の代わりに前に出たカイヤに銀髪男を任せ、美智子は流を助け起こした。


「ちょっと、大丈夫? そもそも、いったい何がどうなってるのよ、流クン!」

「い、痛い……」


 流は事情を説明できるほどの気力はなかったが、美智子に腕を引っ張られどうにか立ち上がる。


「逃がさねぇぞ!」

「させるか!」


 そんな流を掴もうと手を伸ばす銀髪男と、それを身体を張って妨害するカイヤの間で取っ組み合いが始まった。


「……ここは危険ね、離れましょ」

「うん」

 

 美智子は流の腕を取ったまま、後ろへ後ずさってその場を脱出した。美智子は足を、流は脇腹を庇いつつどうにか部屋までたどり着いたが、無茶をしたせいで美智子のくじいた足の痛みがぶり返してきてしまった。


「あっ……だっだだだだ!!」

「み、美智子ちゃん!」


 流が支えようとするが、美智子は足の痛みに耐えつつ一気に動いた。部屋のカギをかけ、椅子やサイドボードでバリケードを作り、流をベッドに突き倒して美智子が口を開く。


「ちょ、美智子ちゃん……」

「それで、何がどうなったのよ」

「オレ、その、トイレに行きたくなってさ……」

「なんでひとりで行くのよ」


 美智子の声が自然と険しくなる。単独行動は控えるように、カイヤから言われていたのだ。だいたい、最初に被害にあったのは流自身だっただろうに、無警戒にもほどがある。それを自分でもわかっているのか、流は後ろめたそうに言い訳をした。


「だって……大丈夫かなって。起こすのメンドかったし。で、済ませて出ようとしたらアイツがいて、アヤシイからポケットの中見せろって」「ふぅん?」


 美智子は流がぐっと握りしめているパジャマ代わりのスウェットのポケット部分に目をやった。


「とにかく、そのポケットの中にあいつが狙うほどの大事なものが入っているってことね」

「えっと……」


 流は身をよじって美智子の視線からポケットを隠そうとした。その無駄な努力にますます美智子の目が細くなる。一触即発、ジリジリした空気の中、カイヤが部屋の前に戻ってきた。


「ナガレ、ミチコ、大丈夫だったかい? 鍵を開けてくれ」

「カイヤさん! ちょっと待ってて。ほら、流クン!」

「あ、うん……今開ける〜」


 バリケードをどかし、流は慎重にドアを開けた。部屋の外にいたのはカイヤだけだった。殴られた痕とシャツに飛び散った血が痛々しい。


「カイヤ……」

「平気だよ。こんな傷ならすぐに治せる。見た目ほど酷くないんだ」

「けど……」


 流はぐっと眉を寄せてカイヤを見つめた。自分の軽率な行動があの男を呼び寄せ、結果、カイヤにも怪我をさせてしまった。流は後悔していた。


「ごめん、カイヤ……」

「大丈夫さ、ナガレ。気にしないで」


 カイヤは笑って流の肩を叩いた。


「それで、あの銀髪男はいったい何者なのかしら? カイヤさん、知ってる?」

「彼はロドウィン・カインズ。このロサの大聖堂を守る聖堂騎士の一員だそうだよ。元は選りすぐりの精鋭を集めた金杯騎士団のメンバーで、位は銀騎士。私よりも実力は上だ」

「えっ、カイヤより強いの!? あのチビが?」


 流は思わず叫んでいた。確かに凶悪そうではあったが、まさかカイヤよりも上だとは、まったく考えもしていなかった。


「どうやって勝ってきたわけ? 格上相手にさ……」

「恥ずかしながら、勝てはしなかったよ。管理人が騒ぎを聞いて駆けつけてきてくれてね。彼が諦めて部屋に戻ったのを確認してからここへ帰って来たというわけさ。しかし……すまないが、状況を教えてくれないか? カインズは何も語らなかったが、一応あれでも聖堂騎士だ、理由もなく襲い掛かるはずがない。ナガレ、あのときいったい何があったんだい?」

「…………」

「ナガレ」

「まったく、しょうがないわね」


 ダンマリの流に変わって美智子が代わりに口を開いた。

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