危険な槍使い
「私の着替え見たら、ぶん殴るからね?」
カイヤが交渉してぶんどってきた部屋で、美智子が厳かに宣言した。ここは聖堂騎士専用の宿泊所の一室、今夜はひとつの部屋を三人で使うことになっている。
なぜこうなったかと言えば、やはり運の悪さだろうか。巡礼の客があまりにも多く、普通の宿も高級宿も満室で部屋が取れなかったのだ。
美智子だけならどうにかねじ込むこともできたのだが、離れ離れになるのを彼女は嫌がった。かと言って不衛生な無料宿で雑魚寝はしたくないし、野宿も難しい。
となると、あまり推奨されることではないが、聖堂騎士専用の宿泊所に頼み込むしかなかった。本来なら女性はお断りなのだが、「無闇に館内を出歩かない」「共用部分に長時間居座らない」のを条件に部屋を貸してもらえたのだ。しかし、ひと部屋だけ。
「え~? 目の前で着替えてたら見えちゃうじゃん? じゃん!?」
「もう一度言うわよ。着替えてるとこ見たら、ぶん殴るからね?」
ニヤニヤする流に、美智子はしっかりハッキリ言葉を繰り返して言いながら、その鼻の穴に指を突っ込んで鼻フックをかました。
「ひぎゃっ!? わかった、わかったって!」
「カイヤさんもよ。着替えるところ見たらその髪の毛全部むしり取るからね?」
「えっ!? わ、私も!?」
微笑みながらふたりのやり取りを見守っていたカイヤだったが、美智子の言葉に頭を両手で押さえる事態になってしまった。
「ミチコ、本気だな……」
「こえーだろ? なっ?」
男ふたり、身を寄せ合い小声でささやくが、そのやり取りも美智子にはハッキリ聞こえていた。美智子は据わった目のまま、ずいっと一歩前に踏み出した。
「ひそひそ話してもこの距離じゃ聞こえてるんだけどね。で、どうすんの? ここに残ってふたりとも半殺しにされるか、おとなしく外に出て待つのか。選んでよね」
「外で待ちます!」
「もちろん、出ていくとも!」
カイヤと流は廊下に飛び出していった。
「はぁ〜あ、美智子ちゃんがこえ〜のなんのって……」
「しょうがないね。誰しも嫌なものは嫌さ。ただ、あんなに怒るとは、私も思わなかったけど」
「ただの軽口じゃんか〜。まぁ、目の前で脱ぎ始めたらじっくり見させてもらうけど〜」
「こらこら」
そこへ、街を行く大勢の聖堂騎士たちと同じ格好をした男がひとり、通りかかった。槍をたずさえた若い男だ。目を引くのはそのまばゆい銀の髪の毛、そして、低めの身長である。流は思わずじっと見つめてしまった。
キンッと音がしたときには、流の顔の横に槍が突き立っていた。
「!!」
「ナガレ!」
明確な殺意。流の呼吸は早く浅くなり、急速に口の中が乾いていく。
「何見てんだよ、お前」
「べ、べつに……」
怒気を孕んだ低い声が流を刺す。流はそう答えるのがやっとだった。
「やめろ、彼は私の客人だ! 失礼したなら代わりに私が謝罪しよう」
「フン……!」
カイヤの執り成しに銀髪の男は槍を収め、鼻を鳴らして通り過ぎていった。緊迫していた空気が緩む。流はヘナヘナと膝を折って座り込んだ。カイヤが膝をついて流を支える。
「ナガレ! 大丈夫かい?」
「やべ……死んだかと思った……」
流はカイヤの肩に顔をうずめて、しばらく動けずにいた。
その頃、美智子は足を庇いつつ身体を拭いて着替えを済ませていた。足の具合は少しだけマシになっている。
「はぁ……。大聖堂までは来たけど、これからどうなっちゃうのかしら……」
うまく賢吾たちを探せても、帰り道が見つからないことにはどうしようもない。そしてそのヒントはまだどこにもない……。
カイヤがついてきてくれるのはこの大聖堂までだ。美智子たちと同じ地球人の話を聞くために同席はしてくれるだろう。賢吾たちを探すため、聖堂騎士たちに話もしてくれるだろう。だが、そこまでだ。
それが終わればカイヤは自分のいた村に帰るだろう。彼とはここでお別れだ。そうなった後、流とふたり知らない土地でどうやって金を稼いで暮らしていくのか。そもそも、帰れなかったらずっとこの世界で生きていくことになるのじゃないのか。
「それだけは本当に勘弁してほしいわ」
美智子はポツリとつぶやくと、部屋の外に追い出したふたりを呼び戻すことにした。そして泣きべそかきそうな流の口からさっきの出来事を聞かされるのだった。
「やっべーーっしょ!? 何なのアイツ。わけわかんね。やばすぎ!」
「そんなに血の気の多い人がいるの? ヨハネスブルグも真っ青の治安ね」
さすがの美智子も流に同情してため息をついた。聖堂騎士は市民を守るのが仕事ではなかったのか。カイヤが肩を落としながら申し訳なさそうに口を開く。
「聖堂騎士にも、気の荒い奴がいるんだ……。絶対に、一人で外に出ないように。特にミチコはね」
それに対して流が唇を尖らす。
「トイレどーすんの」
「……今から済ませて、早めに寝てしまおう。いいね?」
「そうねー。でもシャワーとか浴びたいわねえ。朝早く、人の気配がない時なら大丈夫かしら? ふたりに見張りになってもらって」
「それがいい。じゃあ、寝る支度をするとしよう」
「へいへーい」
こちらに非がなくとも向こうから突っかかってくるのでは、物理的に避けるしか方法がない。カイヤの言うように、極力ひとりにならず、固まって行動するしかない。三人はトイレを済ませて早めの就寝をすることにした。
乱暴な聖堂騎士もさすがに部屋までは押しかけてこなかった。何事もなくその日が終わろうとしていた。そう、このときまでは。




