至る、大聖堂の門前街!
「ふふん、どうやら私の方が貴方より魔術の適性があるみたいね」
「くっそ〜〜!」
美智子がグレイアッシュの長い髪の毛を搔き上げながらフフンと笑うと、流は拳をギュッと握って歯噛みした。
「なんだよ、魔術っていやぁ四大元素だろ! 火、水、土、風、ファイヤーストームとかストーンエッジとかでいいじゃねぇかよ〜〜! カイヤぁ!」
「そ、そういうのも、できないわけじゃないけど私にはちょっとね……」
「なんで!」
「はは……。聖堂騎士だから、傷を癒やす術や防御の術、武器の扱いを学ぶのに手一杯で……」
「ったく、も〜!」
「面目ない……」
「流クンたら、無茶言わないの! 自分だって護身術もてんでなんでしょ? 他人にばっかり言わないのよ」
美智子がたしなめると、彼はツンと向こうを向いてしまった。しょうがないので流のことは放っておくことにして、美智子は質問を続ける。
「魔術のことはよくわかったわ、カイヤさん。ありがとう」
「うん。次は聖堂の話だね。さっき説明した術だけど、それを教え、免状を発行しているのが聖堂なんだよ」
「免状?」
「ああ。術は便利だが、使い方を誤ればいくらでも人を傷つけることができる。そんな危険なものを際限なしに広めることはできないよ。だから、聖典の教えに従って、術を行使する心構えを説き、適性を見るんだ。危険だと思ったら、術を指南することはできない」
また、聖典だ。
この世のすべてを書き記したと言われる本……美智子にとっては眉唾モノだが、カイヤたちはそれを信じ、それに従って生きているのだと言う。
「でも、嘘をついて術を教わって、それを悪用するってことも考えられますよね?」
「そうだね。だからこそ、我々聖堂騎士がいるんだ。私たちの仕事は、魔物を狩って人々の安全を守るだけじゃない。聖典の教えに反した術の使い方をして、人々を苦しめる外典の輩を排除することなんだ」
「そう……」
美智子の気持ちは少し沈んだ。「排除」という言い方をしてはいるが、それはつまり「殺す」ということなのだろうと察しがついたからだ。
大猪を槍一本で仕留めたあの腕前で、理由があれば人間も殺すのだ。そして、カイヤはきっとそれを躊躇わないだろう。騎士だからなのだろうか。仕方がないこととはいえ、すんなり納得はできなかった。
そこからカイヤは聖堂と騎士の仕組みの話をしてくれたのだが、さっきのことが気になっていた美智子は話半分に聞いていて、頭にはあまり残らなかった。それに、目当ての乗合馬車もやって来たため、グダグダに終わってしまった。
美智子と流は、昼食のために車が停まるまで、グッスリ寝てしまった。それからは森を眺めながら馬車に揺られ、朝から夕方まで馬車を走らせると、ようやく大聖堂のある街に着く。背の高い大きな建物が、街の外からでも見えていた。
乗合馬車は大勢の人でひしめく建物の前に停まると、客を全員降ろして行ってしまった。流が伸びをしながら呻く。
「は〜〜、腰いて〜〜!」
「ナガレ、ミチコ、長旅お疲れ様。ここは、大聖堂に拝礼する人たちを泊めるための施設が揃っているんだ。食事処もね。もちろん、無料で利用できる施設もあるけど、あまりオススメはできないな。よかったら、あそこで夕飯を食べよう。その後で、宿を探してくるから」
カイヤの言葉に美智子は首を傾げた。
「あら、どうしてお勧めできないの? そんなに治安が悪いの? 無料で泊まれるなら、私たちにとっては、すごくありがたいんだけど」
美智子はそう言いながらも、無料で提供される部屋の質がどの程度なのか考えていた。お金を払わないのだから贅沢は言えないが、大部屋で雑魚寝、しかも男女一緒だとしたら耐えられない。
こういうことは海外のホテルにも言えることだが、それなりのサービスを受けるなら、それなりに金を出さなければならないのだ。特に、チップで低い基本給を補っている勤務形態のところはそういう傾向にある。
高級ホテルでなくてもそれなりの水準のサービスが受けられる日本ではあまり感じないことだが、こういう事情は異世界でも同じようなものなのかな、と美智子は考えていた。
カイヤは歯切れ悪く答えた。
「そうだね……。無料で利用できる場所と言うのは、そもそもお金のない人たちのために解放されている施しの場、ということなんだよ。だからこそ治安の悪さもあるけど、それ以前に衛生的にその……充分と言えないんだ。病気や怪我を治してもらいに来ている貧しい人たちが主に利用しているからね。君たちには術が効かない、だからこそ病気は避けるべきだ。だろう?」
流がぶるっと身体を震わせた。
「こえー」
「あー、そっち系統の話か……」
美智子も流と同じく身体を震わせながらつぶやく。ふたりにはこの世界の魔術が効果がない、それは実際にカイヤに手当をしてもらった美智子が身をもって知っている。そういう事情なら、カイヤが無料宿を避けようとするのも納得だった。
「カイヤ、オレたちのこと、置いて行かないでね」
「え? ああ、うん、大丈夫だよナガレ」
「マジで。オレ、こんなとこで死にたくねーもん」
「そうね。流クンも私も戦う術がないから……。病気も困るけど、とりあえず戦闘は避けたいわよね。あんな魔物とかなんてもうごめんだし」
それでも、いつかは戦うときが来るかもしれない。そうなったときに、自分たちはどう戦うか……。
「戦うなら頭脳プレイとかしかなさそうね。たとえば落とし穴を掘ったりとか」
「いいね! ロープでひっかけたりとかさ。そんときは美智子ちゃん、囮よろしくね」
「いやいやいや、まだ戦うって決まったわけじゃないんだし、戦うならって話よ。それに戦わずとも、隠れて敵をやり過ごしたりすればいいじゃないのよ」
「そりゃもちろん、戦わずに済むなら絶対そっちの方がいいね! オレは逃げるし隠れるし、殴り合いなんて無理の無理だもん!」
「なんでこんなときだけ自信満々なのよ貴方……」
美智子が呆れて脱力すると、カイヤも流も吹き出した。やいのやいのと言いながら、ひとまず三人は温かい夕食を求めて街をさまようのだった。




