カイヤによる魔術講義
朝食後、片付けを終えたカイヤたちは村長たちに挨拶をするとすぐさま乗合馬車のある駅まで向かった。しかも、そこまでは親切な村人が荷車を出してくれたので、美智子は足に負担をかけずに済んだ。
「本当にありがとうございます!」
「いいってことよ。ついでだから。じゃあ、気ぃつけてなぁ」
村人は朗らかに笑うと、ロバにムチをくれて去っていった。
「それにしても、こんなに早く出発できるとは思わなかったわ」
美智子がカイヤに向き直りながら言う。
「へ? 荷造りくらい簡単じゃね? な、カイヤ」
「みんながみんな、貴方と一緒で単純じゃないのよ、流クン。貴方のは放り込むだけじゃない」
「ひっでぇ!」
代わりに答えた流に、美智子が釘を刺す。カイヤはそのやり取りに笑って言った。
「ははは。私に必要な物は少ないからね。食料の他はこの鎧と、槍と、予備武器のショートソード。それに着替えとロープ。念の為に野営用の毛布と食器くらいなものだからなぁ」
「えっ、結構軽装備なのね……」
「ミチコの心配もわかるよ。けど、馬車に乗っていれば大聖堂のあるロサの街までは直通だし、火も水も、私は自分で出せるからね」
「すごいのね」
美智子が思わず感嘆の声を上げると、なぜか流が自慢気に笑った。
「美智子ちゃんは見てないから知らなかっただろうけど、風呂を入れたのもハムを焼いたのも、カイヤの魔法だったんだぜ! カイヤの魔力は火の力と水の力なんだよな、カイヤ!」
「陽の気と陰の気、だよ……ナガレ……」
「あっれ~?」
カイヤが脱力したように言う。
「テキトーなこと言ってんじゃないわよ」
「だって! んなもんわっかんねぇよ!」
「逆ギレするんじゃないの」
美智子が叱ると、流は口をへの字に曲げて変顔をした。
「もう!」
「まぁまぁ、ミチコ。しょうがないよ、退屈なものだし、ザックリとしか説明しなかった私が悪いんだ」
「ほら~~! オレ悪くないじゃん!」
カイヤのフォローに、流が声を大にして言う。朝の雰囲気はどこへやら、心配したのが馬鹿らしくなるほどだった。まったく、反省しない男である。美智子は軽く流を肘で小突いた。
「調子に乗るな!」
「なんだよ、美智子ちゃんのイジワル!」
「なんですってぇ~~!」
「まぁまぁ。よかったら、ミチコにも説明しようか? 魔力と術について。乗合馬車が来るまで、まだ時間があることだし」
「そうね……。それじゃ、お願いしようかしら。武術も魔術も極めた、とは聞いたけど、詳しいことは知らないもの。聖堂っていうのも、よくわからないし。大聖堂とはまた違うのよね?」
宗教が違っても、大聖堂と言えば建物として見ても役割として見ても、かなり重要で大きなものだとイメージできる。聖堂騎士というのも、そこを守る聖騎士のようなものだと美智子は捉えていた。カイヤと初めて出会ったとき、彼は自分のことを「聖典に仕え、それを納める聖堂を守る騎士」だと説明していたからだ。
騎士団を離れて小さな聖堂を拠点にしているそうだが、村の借家に住んでいて、衣食住のすべてを村人に面倒見てもらっている。そのシステムが美智子にはよくわからなかった。
「うん、じゃあ、最初から説明していくことにしよう。わからない部分は、後で聞いてほしい」
「わかったわ」
「まずはナガレにも少し説明したように、術の話からしよう。我々に流れている魔力の種類と、ね」
カイヤはそう言って、右手を前に突き出した。掌を上にして、小さくつぶやく。
「炎を我が手に……【発火】!」
「きゃっ」
カイヤの言葉と共に、大人の握り拳を二倍にしたような大きさの炎の珠がいきなり彼の掌の上に現れた。直接触ってしまったわけではないが、それでも熱気が肌を炙り、美智子は小さく悲鳴を上げてしまった。魔法の火とはいえ、本物だ。幻術じゃない。
「驚かせてしまったね。すまない、ミチコ」
「すごいわ……。熱くないの、カイヤさん」
「はは。コントロールしているとはいえ、熱いよ。もう消す」
「えぇ……?」
(自分で出した炎なのに熱いのね。もしかして、火傷しちゃうんじゃないのかしら?)
イマイチ決まらないカイヤに、美智子は心の中でツッコミを入れていた。直接言わないのは遠慮があるからだが、もしも言ったとして、カイヤは気にしないのかもしれなかった。見た目はクールなイケメンなのに、どこかほんわかしたイメージが彼にはある。
「とまあ、これが“動”の白術だよ、ミチコ。この術は、身体に流れる魔力の中でも、陽の気を使う術でね。白術を使えるのは男性に多い。陽の気は男性に流れているものだからだ」
「ほら、火の力で合ってんじゃん!」
「流クンは黙ってて。これが白術なのね、カイヤさん。火を出すだけじゃないんでしょう?」
「もちろん。風を巻き起こしたり、身体能力を高めて戦ったり、傷を癒したりと、色んなことができるよ」
「ほらね」
「ちぇ~」
流がいじけて唇を尖がらせる。
「では続けるよ。次は陰の気を使う黒術だ。これは女性に適性がある。女性は陰の生き物だからね。さて、さっきは水を出して説明したんだが……。こんなこともできるんだ」
カイヤは取り出したハンカチに左手で触れながら、術を導く言葉を口にする。
「……【硬化】、【固定】」
「おおっ、すげえ!」
二つに折られたハンカチはピンと板のように張りつめ、そして、カイヤの左手の人差し指に支えもなくぶら下がっていた。
「これが“静”の黒術。物事の変化を少なくする、引き寄せる、冷やす……そういう性質の術なんだ。世に術と呼ばれるものはこの二種しかなく、すべてはこれらで引き起こされる現象の組み合わせにすぎない。ただし、それを超えたところにある魔術もまた、存在する」
カイヤはニッと笑ってハンカチを元通りの柔らかい布に戻し、それを仕舞い込んだ。美智子は彼の言った言葉の意味を頭の中で反芻し、なんとなく理解した。
「二種類の気に、二種類の技……。カイヤさんの身体には、両方の気が流れてるのね」
「その通りだ、ミチコ。すべての生き物の身体には気が流れている。実は誰しも二種同時に流れている物だが、その量によって使える術が異なるんだ。そもそも魔力と呼ばれるものは、この二種の気の合算でね。術の行使に足るだけの気がなければ、術は発動しないのさ」
「そうなのね」
「そして気の量には偏りがある。男は陽の気、女は陰の気。稀に一種しか気を持たない人間もいるんだが、このルールだけは絶対だ。すなわち、適性と言えるね」
「男性は白術、女性は黒術。そういうことね」
「そのとおり。私はどちらも使える。だが、黒術の方が得意かな。陰の気の方が多いからね」
「へぇ。偏りがあるって言っても、元から多い人間には、性別は関係ないのね!」
美智子の言葉にカイヤは笑って頷く。その横では、流がちんぷんかんぷんといった表情で目を回していた。
「まったく、わからん……」
「もう、しょうがないわね、流クンったら」
「美智子ちゃんはわかったワケ!?」
「ええ。ちゃんと理解したわよ」
「うっそだ~!」
ひとり理解の外にある流は悔しそうに吠えたのだった。




