メリーハッピーウェディング
朝、美智子が目を覚ました時、足の腫れはまだまだ良くなってはいなかったものの、悪化してはいなかった。それにホッとしながらベッドから足を下ろすと、ちょうど部屋の外から声がかけられた。
「おはよう、ミチコ。足の具合はどうかな? もしよければ、様子を見よう」
カイヤだ。美智子は少し考える。
まだ顔も洗っていないし、パジャマなのだ。このままカイヤに会うのは少し恥ずかしい。とはいえこの姿は昨日も見られている。今、もう一度手当てしてもらえば、朝の身支度も楽になるのに違いなかった。
「いいんですか? それじゃお言葉に甘えてそうさせてもらいます」
「わかった、じゃあ薬を取ってこよう」
美智子は、ん〜と伸びをすると、寝室についている洗面台で顔を洗ってから、のんびりカイヤを待つことにした。できる男は気づかいも違う。
「腫れは、ひどくなってないけど良くもなってないな」
美智子の足の様子を見ながら、カイヤが言う。
「キッチリ包帯を巻いておいたから、歩く分には問題ないと思うけど、無理はしないでくれ。杖は必要かな?」
松葉杖がコチラの世界にあるかどうかはわからないが、確かにそれがあると便利そうだった。そこまで酷くはないという思いもあるのだが……。
「ん〜。そうね、いただいておきます。支えがあったら楽になるし」
美智子はそう言い、最後に小声でボソッとつぶやいた。
「……何かあれば武器にもなるし」
「じゃあ、後で渡そう。あ、そうそう。歯を磨くものはいるかい? この辺りではミントの葉で磨くんだが」
「ありがとうございます、歯ブラシは持ってるので大丈夫。それじゃ、着替えて支度しますね」
「食事もできてるよ。なにか必要なときは呼んでくれ」
そう言って爽やかな聖堂騎士は寝室から出ていった。本当に流とは大違いである。美智子はいそいそと着替え、ベッドを整えてから部屋から出る。
足の痛みはまだ残っているので、怪我をする前のペースでは歩けない。気をつけなければいけない、と美智子は思った。
すっかり支度の整った朝食の席では、すでに流がパンを頬張っていた。改めて朝の挨拶をカイヤとかわし、美智子も用意されていたロールパンとハム、目玉焼きという朝食をいただく。
「バジルソースはいかがかな。ピクルスもあるよ」
「美味しそう。ぜひいただきます」
昨夜は村人から料理をわけてもらっていたが、今朝のハムと卵はカイヤ自身が焼いたのだそうだ。
カイヤは頼まれてこの村に常駐している聖堂騎士なので、彼の衣食住のすべては村人が用意することになっている。だから、毎朝毎晩、パンと惣菜を届けてもらうのだ。
「じゃあ、ここを離れて大丈夫なの?」
美智子の疑問にカイヤは笑って頷く。
「ああ、昨日のうちに村長に話をしたから大丈夫だよ。しばらくは近隣の聖堂騎士が私の分まで見回りをしてくれるし、代わりがすぐに来るから」
「えっ、代わりの騎士がここに?」
「そうだよ。私が帰ってきたら彼が残るか、私が残るか、村で話し合うんだ。村の聖堂に常駐する騎士は入れ替わりが激しいか、ずっとそこにいるかの二択だね。私はここを終の棲家とする予定じゃないから」
「そういうものなんですね」
そして、朝食の終わり頃、カイヤが会いに行く友人の話が出た。
「そうそう。異世界人を世話していた騎士がいると言ったね。そのうちのひとり、ラペルマが大聖堂に結婚式を挙げに来るっていう話だから、行けば会えると思うんだ」
「ふーん。結婚式、ねぇ」
流は興味がなさそうにつぶやいて、皿の残りのハムをひとくち頬張った。
「日程は?」
「わからない」
「はぁっ!? 会えずにすれ違ったらどーすんだよ!」
「どこへ行ったか聞いて追いかければいいよ」
「マジかよ」
美智子も流と同じ気持ちだった。だが、今はそれを取り沙汰してもしょうがない。
「それにしても、結婚式に呼ばれてるわけでもないのに行っちゃっていいのかしら? 式の途中に話せる時間があるとは思えないんだけど」
「結婚式と言っても、書類を出すだけだからね。ついでに観光くらいしていくと思うけど。もしかして、そっちで結婚式って言ったら、結構重大行事なのかい?」
美智子の疑問に答えながら、カイヤが逆に質問した。
「うん、そりゃあもう。私の親戚なんだけど、つい最近結婚式を挙げたばっかりなのよね。100人ぐらい呼んで,色々やって……そりゃあもう、人生の一大イベントなのよ!」
美智子はその結婚式を回想しながら、ウットリとした表情で言った。
「こっちでも、披露宴は派手にやるよ。やはり、身近な人間に祝ってもらってこそだからね」
「ふーーん、そんなもん? 美智子ちゃんもウェディングドレス着たいとかあるんだ?」
「そりゃまあね。でも、別にドレスじゃなくても着物でもいいわよ。ただねー、結婚式って言ってもねえ……。結婚しようって言われてるけど
就職してまだ一年もたっていないし、生活が安定するまでは無理ね。式だってお金かかるし」
「えっ、そうなんだ。へ~」
「ミチコには結婚を約束した男性がいるのか。それなら、早く帰りたいだろうな」
勢い、恋人である賢吾にプロポーズされたことを告白してしまった美智子は、ひとり誇らしさと照れくささから赤面した。
「ナガレにはそういう相手はいないのかい?」
「う~ん? どうかな」
「いや、いるでしょ」
言葉を濁す流に、美智子はストレートに言った。
「大切なカノジョがいるじゃないの。確か、結婚の約束してたんじゃなかったかしら〜?」
「そうなのかい?」
「そ、そりゃ、晶は大事だけど! 結婚、まではその……どうなるかわかんねぇかなって……」
「いやー、若いっていいわねー」
「そんなんじゃねぇって!」
しどろもどろの流を見て、ようやくひとつやり返せた気がして、美智子はニヤリと笑った。
「確かに、未来のことは誰にもわからないだろう。君たちだって、こんな事態に巻き込まれているしね」
しかし、カイヤの言葉にふたりは口をつぐんだ。優しいながら真剣なその声は、浮ついた空気を現実に引き戻していた。カイヤは流をじっと見つめながら続ける。
「でも、だからこそ、大事なひとを見つけたら、絶対に手を離しちゃいけないんだ。明日のことを見据えて、ちゃんと歩んでいかないといけないよ、ナガレ」
「…………わかってるよ」
いつもの軽さはどこへやら、カイヤに答えたその声と表情は暗く沈んでいた。




