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原始的な手術

「もうすぐ村に着く、もうひと踏ん張りしてくれたまえ!


 御者台から、キャルレが声を張り上げた。と同時に車体が大きく揺れる。賢吾は呻いて目を開いた。


「俺、今……?」

「少しだけ気絶していました。」

「あー……なんか、ちょっとマシになってきたかも」

「気のせいです。油断すると死ぬので、もう気絶しないでください。……もう少しでいいので。もう、村につくそうですから。だから……」

「もうちょっとか……だったら俺も、もうちょっと頑張ってみるか、なんてな」


 最後の気力を振り絞って、薄ぼんやりと賢吾は笑うが、しかし、晶はそっけなかった。


「そうしてください」

「あのさぁ、さっき……」

「あと、むせないようならチョコレートもどうぞ。エネルギーもたくさん失われてますからね」

「まあ、もらうけど……むせなきゃいいな」

「ふふふ。次むせちゃったら、天国に行ってしまいそうですもんね」

「洒落になってねぇ」


 晶は賢吾の口にほんの一欠片、小さなチョコレートを放り込み、無駄口を封じた。そして、馬車にあるありったけの布を集めて賢吾の体を温かく保つと、無事に村に行きつけるよう祈った。





 やがて馬車が止まり、キャルレが乗り込んでくる。彼は賢吾の脈を取ったり、手足を触りながら呻くように言った。


「いかん、今にも死にそうだ」

「あの、どうしたらいいでしょう。どうにか、彼を助けてください!」

「ああ、もちろん。だが……術が効かないということは、ひどく旧式なやり方をしなくちゃならん。彼の体力がそこまでもつかどうか」

「そんな……」


 キャルレは様子を見にやってきた村人たちに、お湯をわかし清潔な布を準備するよう指示を出した。それから、痛み止めの薬草も。


 賢吾を大きく動かすのは危険なので、賢吾の周囲には藁と柔らかい布が敷き詰められ、即席のベッドの上で手術は行われることとなった。


「小さな死をもたらし、大きな死より救いたまえ。死と欺きとそれから希望をここに。清めたまえ、鎮めたまえ。いさここに、【夜の女王の領域】!」


 キャルレが訳の分からない呪文を叫ぶと、村の産婆が頭を下げる。晶もそれにならって頭を下げた。


「今から、何が……始まるんだ?」


 賢吾の問いに、キャルレは小さなナイフを手にしながら首を傾げた。


「知りたいかね?」

「そりゃー知りたいさ。大体予想はつくけど……何をやろうとしているのか、本人の口から説明してもらった方が俺は納得できる」

「うん、そうだね。君の予想通り、これから矢を抜くよ。でも、君には魔術が利かないんだってね。ということは……ということはだよ、君、これから行うのは非常に野蛮で原始的な手術なのさ」


 賢吾の額を汗が伝う。


「ちょっと苦いけど、痛み止めの薬草を噛むんだ。それから、痛みに耐えようと歯を噛みしめると砕けるんでね、このロープを口に入れるよ」

「そのナイフ、殺菌されてんのか?」

「とても清潔さ。これで切れば、絶対に化膿しない。ちょっと切って、矢じりを取り出すだけ。さいわい、そんなに深く刺さってないし」

「う……」


 賢吾の代わりに、晶が真っ青な顔をしてうめいている。


「無理そうなら出て行った方がいいよ」

「いえ、大丈夫です」

「それじゃ、始めよう」


 キャルレがそう言うと、晶と産婆が賢吾の腕と足に縄をかけていく。


「いやー怖いっす、結構怖いっす!! でも、やってほしいっす……」


 矢を抜かなければいつまでもこのままなので、賢吾は覚悟を決めた。


「いい覚悟だ。よし、じゃあロープ噛んで。見たくないなら、目を閉じているんだよ」


 そう言うと、キャルレは傷口の先端にナイフの刃を埋めた。賢吾の体が苦痛から逃れようと跳ねる。だが、それは絡められたロープによってうまくいかない。


「賢吾さん……」


 祈るような、懇願するような声で賢吾の名を呼びながら、晶は賢吾の体を必死で抑え込んだ。


 肉に埋まった鉄の棘には、返しがついている。それを無理に引き抜けば、肉が裂け、傷口が広がり、それらは熱を持って賢吾を苛むだろう。矢じりの通る道をあらかじめ清潔なナイフで導いてやれば、傷口の予後ははるかにマシになる。


 キャルレは専門の医者ではなかったが、人体についてよく学んだ優秀な療術士だった。普段は魔術で怪我や病気を治しているのだが、魔術を学ぶ前にこうした手術も経験していた。


 賢吾の抵抗もアッサリかわし、矢じりを引き抜いたキャルレは、今度は針と糸で傷口を縫合していった。軟膏を塗り込み包帯を巻いて、手術は驚くほど短時間で終わった。


「よし。水分をよく摂ってね。あ、でも、体がびっくりして吐いちゃうといけないから適量を。食事も、滋養があるものを少しずつね」

「ありがとうございました! 本当に助かりました!」

「いやいや。べつに」

「あー……終わって良かったっす……感謝しか無いです。あ、それから色々と聞かせてもらえませんかね。この世界のことを……」


 自分の命を救ってくれたのは良いのだが、この男が言っていた何とか族ということについてや、この世界についてどうなっているのかをもっと詳しく教えてほしい賢吾だった。


「賢吾さん。そんな場合じゃないわ、寝てないと」


 しかし、キャルレの方は賢吾の言葉に乗り気の様だった。


「うんうん、それならまた後にしようか。どうせ僕もすぐには動けないし。ほら、あの山賊たちってば、きっと僕らを必死になって探してるだろうから。だから、よく寝て、それから話をしようじゃないか。ケンゴ」

「そうですねぇ……それがいいかもしれないっすね」


 とりあえず、今は睡眠と休息が必要である。

賢吾はそのまま意識を闇の中に沈めていった。


「あ、賢吾さん……」

「寝かせてあげなよ。僕は馬車を処分してくるから、君は彼についててあげて」

「ありがとうございます」


 晶と賢吾には家が貸し与えられることとなった。急ごしらえの手術室から、柔らかいベッドに移され、賢吾はぐっすりと泥のように眠った。回復手段がそれ以外にないことが無意識にもわかっていたのかもしれない。


 そして、賢吾の意識がハッキリするのに、それからさらに二日を要した。

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