急転する展開
どこに向かえば助けを得られるのかわからないままに、ふたりは木立の間を木から木へと身を隠して進んでいた。遠く聞こえる人の気配や馬の足音に、何度も振り返りながら。
「ここに身を隠していても餓死するだろうな。魔物が出る世界かもしれないし」
「そうですね。でも、何とかこの場を切り抜けて、町や村を探せば私たちの身の安全が保障される確率は上がると思います」
「ああ。そうだな」
大きな音を立てないよう、また、決して大きく移動しないよう、用心しながら進む。しかし、その木立は余り大きくはなく、ある程度進んできた所で終わってしまった。
「くっそ、ここまでだな。ここから先俺たちは丸裸だ」
「どうします?」
「どうするもこうするも、行くしかないだろう。俺たちはこんな所で死ぬわけにはいかない」
賢吾は自分から先に出て、辺りを窺った。剥き出しの地面だが、踏み固められている、人の手の入った「道」だった。
「どっち、でしょう……」
「ひとまず、気配のない方だ」
賢吾はそう囁き、歩き出した。できればいち早く村か街を見つけたい。そうでなくても、誰か旅人がいれば……。
しかし、その願いも虚しく、ふたりの前方に見えてきたのは、道を封鎖するように停められた一台の馬車と、手下を引き連れたフェアディの姿だった。
賢吾は瞬時に頭の中で計算をする。相手は武器を持っているが五人だ、二対五ならまだ勝機はある。
「晶、いけるか?」
「いえ……無理みたいですね」
「え?」
晶の沈んだ声に振り向くと、挟み撃ちの格好で大勢のフェアディの手下たちが後ろにも迫ってきているのが見えた。
「くそ……」
こんなに大人数が相手だと、絶対に勝ち目はない。これがゲームの主人公であれば、必殺技だのなんだのを使って切り抜けるのだろうが、あいにくそういうわけにはいかない。
こんな無い無い尽くしの状況下で、自分たちがこれからどうなるのかはすぐに想像できた。そして、そんなふたりの心を見透かしたかのように、フェアディが勝ち誇った声を上げる。
「ふはっ! 思ったよりも単純だったなぁ? いや、選択肢がなかったか」
「…………」
「仲間は殺されるわ、馬車は大破するわ、この穴埋めはどうしてくれる? こりゃあ売り飛ばすんじゃなくて長期で貸し出して金を搾り取るしかないかもしれないなぁ!」
フェアディは善人の顔をかなぐり捨てて醜い笑みで高笑いをした。
「うっわ、こいつマジだわ」
「本当に……趣味の悪い」
賢吾が思わずつぶやく。
晶もその隣で嫌悪感も顕わにフェアディを睨みつけていた。
この状況を打開しようにも、辺りは身を隠す場所もない丘で挟み撃ちである。せめて木の何本か、それとも大きめの岩でもあれば、それを利用して撹乱もできるだろうが。
「……賢吾さん……」
「こうなったら強行突破するしかないだろう。覚悟を決めろ」
万が一にも上手くいくとは思えないが、逃げ延びることができれば美智子にもう一度会えるかもしれない。その希望とともに、賢吾は前方の五人に向けて走り出した……が、その瞬間、賢吾の左肩には矢が突き刺さっていた。
「ぐぅ!?」
「賢吾さ……きゃあ!?」
矢の勢いを受けて、突き飛ばされるように仰向けに倒れる賢吾。晶が慌てて駆け寄るが、フェアディの太い腕が晶の細腰をさらった。
「おーっと、大人しくしろ? お前は大事な商品だ、傷物にはしたくない」
「離して!」
晶は叫んだ。どうにかフェアディの腕から逃れようと習っていた護身術を行使するが、武装した男にはまったく効果がない。それどころか反対に頬を張り飛ばされ、一瞬、晶の意識が飛びかけた。
「……っ」
「ああ、クソ、やっちまった! せっかく傷つけないよう優しく扱おうと思ってたのに! 歯は折れてないか?」
「嫌っ……」
「よしよし、大丈夫そうだな。まだ売り物になる。ったく、少しは楽しめるんじゃないかと思ったが、とんでもない暴れ馬だな。これじゃベッドが壊れちまうぜ」
「やめて! 離しなさい、このケダモノ!」
叫ぶ晶を物ともせず力尽くで抑えつけ、やれやれと首を振るフェアディに、周囲の部下たちがお追従して笑った。
「さて、と。その男ももう一度縛って馬車に載せるぞ。今度は別々に運ぶ」
フェアディは部下にそう指示を出し、自分は晶を馬車へ連れ込もうと引きずるようにして歩き出した。
(賢吾さん、助けて……)
悔しさと無力感に涙を流しながら、晶は一縷の望みをかけて賢吾を見つめる。しかし、倒れた賢吾はグッタリとしてその場から動かない。もうここまでか、と晶の心が折れかけたそのとき、急に出てきた霧がものすごい勢いで辺りに広がっていった。
「なんだこりゃあ!」
「ま、前が見えねぇ」
「……さらに命ずる。霧よ、夜の女王の忠実なる下僕よ、すみやかに者どもを眠りにつかせろ。妖精どもに仕事をさせろ! いさ、いさいさ『落果至夢』!」
朗々と何かを読み上げる男の声がしたかと思うと、フェアディがガクリと膝をついた。晶を戒める手の力も抜けていく。
「クソ……誰、だ……こんな……」
「え? 何?」
霧の中でよく見えないが、ドサドサと何かが地面に倒れるような音がいくつも聞こえてくる。地面に伸びてしまったフェアディだが、死んだわけではなく、どうやら眠っているようだった。おそらく、手下たちもそうなのだろう。
晶はフェアディの腕から抜け出すと、さっきまでの記憶を頼りに、濃霧の中に踏み出した。
「賢吾さん! どこですか!」
「う……あ……あだだだだ!! な、何が起こったんだ?」
「よかった、賢吾さん……」
「霧か、これ? こっちだ、わかるか?」
その声に導かれ、晶は賢吾のもとへ辿り着いた。左肩を押さえ、呻きながらも起き上がろうとする賢吾に手を貸してやりながら、晶は周囲に警戒の目を走らせた。
「どうなってるんだ?」
「私にもよくわかりません。急に霧が立ち込めて、敵が全員倒れてしまって……皆、眠っている、みたいです」
賢吾がその言葉を理解するより前に、あの声がふたりに話しかけてきた。
「おや、君たちは眠っていないな? よくわからないが好都合だ」
ふたりは、咄嗟のことに反応できずに固まった。




