償いの始まり
何も臨めぬ程の暗夜に、荒れ狂う嵐。
それは、雨に打たれて、風に晒されている一人の少女の心象を表しているようで――
「……すまなかったね。僕がもう少し早ければ、彼女は」
「――黙れっ、黙ってよ! 謝るくらいなら……、お母さんを返してよぉっ!!」
蹲り慟哭を漏らす少女と傍らに在るぬいぐるみ状の何か、彼女は、それが何なのか知らない。
知りたくもない。
こんな存在のことなんか、何一つ――。
少女の周りには、徐々に雨で薄れつつある大量の赤黒い液体――即ち流れ出た血が広がっている。
そして、横には、大型生物の様な怪物の死体、成人女性の亡骸が各一つずつ。
女性の身体には、胸元に大穴が空いていて、確実に助からなかっただろう。
少女が最後に見た女性の姿は、何の力もないのに、家族を背に怪物に相対した小さくも、大きいせの背中。
女性が地に伏した後に、遅れて現れた灰色のぬいぐるみに示された提案を受けて、怪物を壊した。
怒りと恐怖を限界まで込めて。
彼女がぬいぐるみの提案を受けた理由は、簡単だ。
死んでほしくなかったから、死にたくなかったから。
ただ、それだけ。
けれども、叶ったのは片方だけ。
そこで生きている人間から、それがどちらなのかは一目同然。
母のように、他者を守り、他者を癒やす力を得ても、怪物を壊す力を持っていても、少女は無力だった。
嗚咽が雨音に掻き消され、それでも、止まることは無かった。
「…………本当に済まない。僕のことは幾らでも恨んでくれて構わない。……でも、一つだけ、頼みを聞いてくれないか?」
「――お前はっ、何処まで、ふざければ――」
暫く経って、ぬいぐるみが漸く口を開いた。
最低なことを、冷淡な声音で。
激昂する少女。
当然だ。家族の死の間接的原因であるものに頼みを聞けと言われたのだから。
では、何故少女の怒りが急に止まったのか。
それは、地に打ち付けられる雫に紛れて、聞こえた、木が、金属が軋む音。
何度でも、それこそ毎日のように聞いていたその音に少女の意識は吸い取られた。
「――お、姉ちゃん……?」
顔を覗かせるのは、少女よりも小さい子ども、彼女にとっての弟の一人。
彼の幼い顔は、恐怖と不安に包まれており、その声には、縋るような雰囲気さえ滲ませている。
「お母さん、は――」
その言葉を言い切る前に、子供の視界は、白に染まる。
ぎゅっと力の限り、抱きしめる。
それは、母の無惨な死体を見せないためか、自分の心を守るためか。
「……ちょっと、ね。今から大事な用事が、あるんだっ。……だから、もう寝ようね」
軒先に入り、最早雨に打たれぬ頬に水が伝う。
弟を伴って、家に入る時、少女の脳裏に声が蘇る。
もう、二度と聞こえない、愛しい声が。
――いつか、私が居なくなっちゃった時に………………。
――私でも守れるから、大丈夫だよ。
「――――ッ」
そうだ、私が守らなきゃ。
頼まれたんだ。強くて、弱い、大好きなあの人に。
私の、私達の、始まりの日に。
「大丈夫、あの子達は私が……」
誓いを胸に。
彼女の戦いの起源は、小さな密会だ。
例え、何があろうとも、家族を守る。
だから、
「強くならなきゃ」
小さな背中で、沢山の命を守り続けた母のように。
その姿を目指して。
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