収束則 XⅢ
ダイバー達の元には寝返らない。
その返答を聞き、多少なりとも残念がるかと思われたが、ダイバーは寧ろ愉悦を覚えたようだ。
「何だよ、つまんねえな」
「心底、面白そうにしているくせに......」
つまらない。そう言いながらも、彼の顔に浮かぶは壮絶な笑みのみ。
「チッ、まあ、その通りだ。だから、――死ね」
ダイバーはギアを上げる。
今までの倍以上の魔力が彼の周りを渦巻き、次の瞬間、ガルライディアの目の前にて彼は左腕を引き絞っていた。
「――ッ、アアアアッッ!」
ギリギリ捩じ込んだ『フライクーゲル』から『爆裂』を放ち、自爆しながらも距離を取る。
「ハア、ハアッ」
息が切れる。つう、と頬を生暖かい液体が伝う。
思わずガルライディアは液体を腕で拭う。赤く僅かに滑り気のあるそれは、血。
(避けきれなかった。......さっきと同じ速度でずっと動けるなら、まずいっ)
そこでガルライディアはセージゲイズからの念話で、彼女が『発散』は魔力放出との相性がいいと伝えてきたのを、思い出した。
(多分、さっきの高速移動は魔力を多く纏った事と、大量の魔力の放出によるもの。魔力放出のタイミングが分かれば、......でも、周りの魔力で体の中の魔力までは分からない)
再度、突っ込んでくるダイバーの猛攻をギリギリのところでいなしながら、解決策を模索する。
だが、それが仇となった。
「そこだあ!!」
戦闘時に他のことへと意識を向けていたことで出来た、出来てしまった致命的な隙。
退避は疎か、防御さえ不可能。ガルライディアはゾッとして、その時には衝撃に身悶える事となった。
「ぐううっ――」
胸元へと叩き込まれた、まさに必殺の一撃。魔力を持ち得ない一般人が喰らおうものなら、直撃地点で身体が上下に別れていたであろう一撃。
それほどまでの攻撃は、ガルライディアの紅の魔力を容易に突破、常時展開の結界を紙屑のように打ち砕き、薄手とは言えプレートアーマーを身に着けているにも関わらず、プレートアーマーは大きく罅割れ、ガルライディアの肋骨を無惨にも4本破壊した。
衝撃に息が詰まる。人生初の骨折に悲鳴らしい悲鳴も出せない。
喘ぐように呼吸は乱れ、視界は時々ぼやけ、四肢には力が入らない。
「う......うああっ......」
それでも、彼女は立ち上がる。ゆっくりと、時折倒れ込みそうになりながら。
その少女の死に物狂いとでも言うべき様子に、ダイバーは訝しんだようにぼやく。
「まだ立てんのかよ、とっくに限界だろうに」
その声音には、嘲りは含まれていなかった。あるのはあまりのしぶとさに対する呆れに近いだろうか。
「う、ん。もう、限界、だよ」
身体中が痛い。言うことはどこも聞かない。あちこちから血が滲み、貧血で今にも倒れそうだ。
「だったら――」
「でもっ」
ダイバーの言葉をぶった切る。怪我が何だ。貧血が何だ。
「私が、倒れたら、大切な人たちが死んじゃう、じゃん。そんな、のは、絶対に嫌だっ」
「だから、絶対に倒れないっ!」
ガルライディアの言葉に、ダイバーは息を呑む。彼女の思いに、その目に覚えがあったから。
彼の脳裏には、嘗ての光景がありありと浮かぶ。
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ダイバーはかつて、自衛隊に所属していた。彼はその仕事に誇りを持っていた。人々を守る為の職業に。
愛しい伴侶に、自身との愛の結晶も居た。まさに幸福の真っ只中。
だが、それも容易に打ち砕かれた。
魔物が現れたのだ。本来、魔物の出現、侵入を防ぐ為の結界に守られた街の中には、居ないはずのもの。
それが、家族を文字通り引き裂いた。職場を抜け出し、彼女らがいる家へと着いたその時に。
彼は、家族が貪り食われている間に遅れて到着した魔法少女に逃された。彼だけが生き残ったのだ。
後に聞いた話では、結界が満足に動いていなかったのは動力の不足。
それは、魔法少女以外が討伐し得ない魔物の心臓部、魔石と呼ばれるものらしい。
彼が魔法少女を恨むのは無理のない話だった。
街に近づいてくる魔物がいなかったから魔物が討伐されず、魔石が無かった。
街から離れたところで魔物を討伐しようにも、周囲の魔物を下手に刺激するべきでない。
刺激された魔物が何体も街に向かってくることは、結界の出力が一時落ちることよりも、多大な被害が予想された。
だから、彼女たちは行くに行けなかった。
それに、数日あれば、魔石は他の街から届く。
その空白に悲劇が同時発生するとは、誰も思わなかった。
彼の憎しみは、彼に力を与えた者によって、意図的に増幅された。
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「さっきは、雑魚共とか言ったが、認めよう。お前は、お前らは、皆戦士だと」
まるで衰える様子のない暗緑の魔力をまた纏う。先程よりも更に強く、荒々しく。
己の命を削るように魂の奥底から絞り出されるその力をより多く。
憎しみは消えない。魔法少女は殺し尽くしたいとも、思う。
けれど、目の前の少女たちは、少なくとも戦士なのだろう。嘗ての自身のように。
だから、全霊を以て潰す。
「そうじゃないよ、私は強くはないから」
自身は戦士では無い。多くの人たちに支えてもらわなければまともに歩むことさえ出来ない自分は、果敢に敵に挑む戦士にはなれない。
「私は、大切な人たちと一緒にいたいだけだから!」
『フライクーゲル』に仄かな光で魔法陣が刻まれた、以前セージゲイズが調べても解き明かせなかった機能が動き出したのだ。
「『起源魔法』!」
心に浮かんだ言葉をそのままに、彼女は高らかに叫ぶ。
左右の『フライクーゲル』に半円ずつ刻まれた魔法陣が輝き、ベルトに吊るされたマガジンから幾つもの弾丸が抜け、『フライクーゲル』の周囲に集う。その数実に14発。
一際強く輝き、魔法具は形を変える。
質量保存の法則を完全に無視した長大な魔法具。
グリップの上には、ボルトハンドル。その後ろにストック。ボルトハンドルの更に上にはスコープ。
長大なバレルの先端には大きなマズルがある。
その姿は正しく、スナイパーライフル。ガルライディアの身長をも超えるそれに周囲の魔力が集められていく。普段は白銀の銃身は、赤く染まっていた。
「オオオオオオオオオオッッッ!!」
全力全開の踏み込みにより、彼の足元は次々と陥没していく。その拳がガルライディアに到達する。
その直前、彼女は己の象徴を紡ぐ。
「『一条乖離した紅の慟哭』!!」
引き金が引かれ、閃光がダイバーの身を穿つ。
胸に大穴を開けられ、ダイバーは立つこともままならず、膝から崩れ落ちることとなった。
「チッ、まあ、楽しかったよ。......家族は大切にしろよ?」
ガルライディアを自身に重ねたのか、最後にそう残して。
そろそろ1章が終わりです。




