収束則 Ⅸ
純白と暗緑がぶつかり合い、紫電が瞬いた。
その輝きは画面を覆い、他は一切見えなくなる。
「凄まじいな……」
昌継の呟きに同期するように、ほっ、と息を吐き出した結。
緊急生中継にて、戦いの様子は彼女らの街中に届けられていた。
戦場からは距離が離れているにも関わらず、グラジオラスの咆哮、エレクの魔法の轟音は多少の音割れはあれど、少なからずマイクに拾われていた。
『ご、御覧ください。魔法少女たちの魔法にて起こった爆風が晴れていきなすっ。ーー今、人影をカメラが捉えました!』
リポーターの女性が微かに上ずった声で報道を続ける。彼女の言葉の通りカメラが粉塵の中に人影を捉える。
その数、4つ。
ーーあ、ああ......
マイクが拾った誰かのものか、テレビの前の結のものか、それとも両方か。
かの敵は身体のあちこちを赤黒く染め上げて、だというのに、暗緑を纏い、たしかにそこに立っている。
対する少女らは、白は純白を失い、紫電は奔りもしない。
唯一白衣を羽織った彼女には余力があるだろう。ただそれも、他の2人に比べてだが。
『......嘘、でしょう』
呆然と、意識する余裕もないリポーターはそう漏らした。
それを皮切りにするように、彼らは我先にと逃げ出した。
人々の絶叫が音割れをも起こし、不快な音を鳴らす。
件のリポーターやカメラマンも少女らを、敵を映しながらも後退を始めた。
そこには自ら敵の前に躍り出て、本を以て応戦するも暗緑を前に白衣の少女は弾き飛ばされ、弱々しく白を纏った少女は打倒され、黒衣の少女もまた然り。
殴られ、足蹴にされ、撃ち落とされ、なおも立ち上がる少女たち。
だが、勝ち目がないのは誰の目にも明らか。
そこで立ち上がる少女がまた1人、
「......ごめん、行ってきます」
テレビの前のソファーより立ち上がり、誰にともなくそう口にする。
謝罪が含まれていたのは、何故なのか。
「止めなさい」
リビングを、家を、出ようとしていた結の手を痛みを与えるほど強く掴み引き止めたのは、香織。
「生半可な気持ちで行くのなら、止めなさい」
今度はより強く。
「な、生半可なんかじゃーー」
そうは言うが彼女にもわかっていた。
「いいえ、生半可よ。今の結は絶対に行かせられないわ」
「でも、行かないと、皆んながっ」
すぐにでも向かわなければ間に合わない。
互いに譲らない母と娘。その様子を静観する父。
「皆んながどうこう言ってる内は意地でも行かせないわ」
頑として、母として止めなければならない。
例えそれが娘の心を壊す事になろうとも。
「そもそも今の結の力じゃ勝てないわよ。それが分かりきっているのに、死にに行かせる親がどこにいるのよ」
静かに、けれど激しく、結の行動を縛る。
「分かってるよ! 私じゃ、勝てないって! でも、でもっ、皆んな死んじゃうの!」
「その皆んなよりも、結1人の方が大事なのよ。私たちは」
「お母さんがそう思ってても、私は皆んなに死んでほしく無いの! もういなくなっちゃうのは嫌なの!」
不意に結の腕を掴む力が弱まった。不思議になって香織に目を向ける。
香織は心底満足したような笑みを浮かべていた。
「そう、そうよ。結、皆んながどうなるじゃない、結がどうしたいか。それが聞きたかったの」
「え、え?」
事態を飲み込めぬ結。無理もあるまい。
そんな娘を無視して、香織は話し始める。
「人が命の危機に瀕した時、自分のしたい事が決まっているのと、いないのじゃ大違いなのよ」
だから、結のしたい事、思いが知りたかったの。
そう優しく語りかける。
「どうして、そう言えるの?」
素朴な疑問。気になってしまったのだからしょうがない。
香織の言葉にはとんでもない程に実感、経験に裏付けられたものが感じられた。
「実体験よ」
「ええ……」
「お母さん、何度か死にかけた事あるし」
「ええ?!」
サラッと、さもなんて事ないように、中々凄い事を言っている。
「いってらっしゃい」
唐突なような、そうでないような
「うん。行ってきます」
それでも、妙に納得のいくタイミングで結は今度こそ玄関に走り出した。
「必要だったら、全力で逃げなさい。いいわね?」
「いってらっしゃい。気を付けて」
両親からの激励を胸に彼女は飛び出した。
「『変身』!」
収束の魔法少女 ガルライディアとして。
もう二度と失わぬ為に。
「昌継さん、また手伝ってもらっていい?」
「ああ、勿論。家族のためだからね」
そんな夫婦の会話は誰にも知られることは無かった。
香織さんの過去編については、多分やりません。




