恐怖 Ⅳ
「具合はどう?」
ありきたりではあるが、会話の掴みとしてはこれ以上ないかも知れない。
「怠いのと、頭痛いのと、目が回る感じ……かな。どれも昨日よりはましだよ」
その答えと、少女の目元に未だ色濃く残っている隈より守美子は症状を割り出す。
「眠れていないのね」
「う、うん。あ、でも、昨日は寝れたよっ」
「そう。……それなら暫くはご家族と一緒に寝る事ね」
そう言った守美子の顔には、揶揄い3割、微笑ましさ3割、羨望4割が浮かんでいた。
「うん……。え、何で一緒だと分かるのっ?!」
途端に羞恥に染まる顔。一度の睡眠で相当元気になったようだ。元が酷すぎた為かもしれないが。
「シングルのベッドが2つ。この時点でこの部屋は2人で使っていると分かるね。結と香織さんの2人の部屋とかの線も考えられるけど……」
「けど?」
「前に結が自分1人の部屋があるって言っていたじゃない」
「あ……」
謎はすぐに解決した。結は思わず俯く。守美子の口元は緩く弧を描く。有体に言えば、にんまりと。
「見ないでぇ」
揶揄いの濃度が上がった視線から逃れる様に結は頭から布団を被った。
それから数分掛けて、結をかいじゅ……説得した守美子は、本題を切り出した。
「結、眠れなくなった理由、というか原因、聞いても良い?」
口ではそう言っても、守美子は大凡の当たりを付けていたが。
当たりを付けて尚、直接的に聞く。
守美子は口下手と言われても否定出来ない人間だ。
だからこそ、真っ直ぐに。拒絶されようとも。
「…………」
口籠る。沈黙が続く。
「死ぬのが怖いんでしょう?」
訳が無かった。
「……うん。守美子さんは、怖くないの?」
「勿論、怖い。大抵の魔法少女は魔物が怖いと思うわよ」
私だって何度死にかけた事か。と、苦笑気味。
「じゃあ、どうして立ち向かって行けるの?どうやって恐怖を乗り越えるの?何で死んじゃいそうになってもまた戦えるのっ?」
「憧れが、やり遂げたい事があるから、かな。その為なら、何があっても立ち上がれる。どんな相手だろうと立ち向かえる」
憧憬。少しばかりの怨嗟を交えて。
遠くを見つめる瞳には何が映っているのだろうか。
しかし、守美子と結は何もかもが異なる。
「無理、だよ。私は憧れなんて無いっ。皆んなと一緒にいたいだけっ!皆んなを守りたいのに、自分が死んじゃいそうになるっ。もう2度と失いたくないだけなのにっ!」
喉を潰すかの如し慟哭は、部屋どころか廊下、階下、家中に響いた。
「…………もう、戦いたく無いよ」
続く言葉に先程までの勢いは微塵も無い。
嗚咽が部屋を満たす。
「大丈夫。戦えない、戦いたくない人達を守る為に魔法少女がいるのだから」
そっと、結を包み込む。これまで訓練で目一杯動かしていた身体のなんてちいさいことか。
数瞬の抱擁は解かれ、結が顔を上げた時には既に戸は閉じていた。
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