恐怖 Ⅰ
「結ちゃん、大丈夫?」
謡の本来ならば穏やかで優しい声ですら、ガンガンと頭を刺す痛みになる。
謡にそう尋ねられている結だが、答えは勿論大丈夫ではない。が、答える気力すらない。
彼女の目元にはくっきりと隈があった。
周囲の音は漏れ無く少女の意識を喰らい、視界は安定しない。
街中での魔狼出現から早3日。
結は気絶から目覚めて以降、一切眠れていなかった。
目を瞑ると、嫌でも(実際嫌なのだが)思い出してしまうのだ。
自分の頬に跳ね飛んだ血と、その後の魔狼の攻撃の様子やそれに伴う激痛を。
そして、心の奥底に仕舞われた事を。
それだけなら、まだ結の状況はマシだっただろう。
そもそも、結が何故、誰が見ても体調が悪いと分かる状態で学校へ来ているのかというと、
ストッパーが仕事の都合で結とまともに会えていないからだ。
両親は帰って来なかったのか。否。
深夜には両親共に帰っては来ていた。そして、今の結に深夜も何も関係の無い話だ。
だが、仕事が忙しい両親を心配させたくないのか、結は自身の体調を伝えていないのだった。
ただの大馬鹿者でしかない。
無理をして倒れでもしたら、余計に心配されるのだが。
残念ながら今の結にそこまでの思考力は残っていない。
「おいおい、ホントに酷いぞ」
陽子が机に突っ伏す結の顔を覗き込み、そう漏らした。
「保健室連れてくぞ。謡、手伝ってくれ」
陽子は謡へと救援を頼む。
ちなみに、陽子は謡と親しくはあるが「うたちゃん」呼びはしない。本人曰く、小っ恥ずかしい。
2人はふらつく結を支えて何とか立ち上がらせて、保健室へと半ば引きずるように連行する。
結に抵抗する気力も体力も残ってはいなかった。
寧ろ、どうやって学校に辿り着いたのか気になる程だ。
「失礼します」
謡が扉をノックした後、そう言って扉を開ける。
「入ってらっしゃい。――あら、その子、どうしたの?」
40代半ばらしき保健の先生は、陽子と謡に結をベッドまで運ばせつつ、そう問いた。
「それが、眠れていないらしいです……」
「理由は、知ってる?」
謡と陽子は、揃って首を振る。
「そう……。この子、何年何組何番なの?」
「えっと、6年1組8番の加集 結ちゃんです」
先生は、すぐさま連絡先を確認して、結の父へと電話を掛けた。
結が家に着いた時には、香織も家に戻って来ていた。
保健の先生から話を聞いていた昌継により、結は自室では無く、夫婦の寝室に運びこまれていた。
結の症状は、頭痛、眩暈、僅かな吐き気。
謡と陽子から見た結の様子からそれらは導き出された。
「……どうして、教えなかったのよ……っ」
香織の憤りを含んだ呟きに、昌継も同意する様に頷いた。
呟いてすぐに、香織は、そうじゃないと考え直した。
結が教えなかったのではなく、 自分達が気付いてあげられなかったからだと。
結の力の入っていない身体を抱き締める。
自責の念からか、普段よりも力が入ってしまう。
暫く抱きしめ続け、結から寝息が聴こえるようになるまで抱き締める力が緩むことは無かった。
読んで頂きありがとうございます。
連徹ってキツイですよね。作者は数年前までは出来ましたが。




