久方ぶりのお出かけ Ⅱ
服屋巡りの後は、雑貨屋に行く予定だったのだが、
「あら?」
偶々、スマホにて時刻を確認した香織が声を上げる。
どうしたのだろうかと、結はスマホを覗き込んだ。
そこに示されている時刻は午後2時半をとっくに過ぎていた。
「気づかなかったわね…‥」
「ね……」
はしゃぎ回り時間(と我)を忘れていた香織と、香織に押される形とはいえ、時計を確認しようとしなかったどころか、思いつきもしなかった結。
2人の周囲だけ、時が止まったように静まり返っていた。
暫くの後、結のお腹から、くぅ〜と小さいながらも確かな音が……。
途端に朱に染まる彼女の頬。
「ご飯、何がいい?」
香織が結を慈愛に満ちた目で見つめる。
結は耳まで朱色の侵食を許す羽目になった。
フードコートにて、結は冷やしうどんを、香織は冷やしそばをそれぞれ購入した。
冷たい麺に舌鼓を打ちつつ、結は香織に気になっていたことを問いかけた。
「午後は、お母さんのお洋服を見に行くの?」
午前中に見たのは、結の服のみ。そこからくる質問だったが、香織は当然の如く、
「お母さんの服はいいの。午後は……、どうしようか。結は行きたい場所、ある?」
自分の分はいいと答えた。
結はそれに少しばかり思う事があったらしく、
「お母さん、忙しくてお洋服見に行けてないんじゃないの?私のことはいいから、行こうよっ」
結が些か焦ったように言葉を重ねた。
香織は、自分の事を考えてくれる娘にほっこりとしていた。
それでも、見に行くつもりはないらしい。
「たまにはおしゃれした姿、お父さんに見せたくない?」
しかし、件の娘は爆弾を投下した。
たまにはおしゃれした、普段娘に全くおしゃれをしていないと思われていたと分かって、香織の心に中々のダメージが入る。
仕事着はスーツだから、そんなにおしゃれじゃないだろうけど、と自分を慰れるように内心考える香織。
髪型やらのことは、棚上げするらしい。
ただ、香織は昌継に見せたくないのか、という部分に対しては言いたい事があった。
「そもそも、お父さんと付き合い始めた頃、私おしゃれとは、程遠いところに居たわよ。だから今更よ」
香織の脳裏には、高校時代の中々に"あれ"だった頃の事が思い浮かんでいた。
番長とまで呼ばれた、不良としか言いようのないあの頃。
もはや、半分くらい黒歴史になっている当時に付き合い始めたのだから、大丈夫だと香織は思っていた。
だが、
「前にお父さん、お母さんが最近おしゃれしてないって、おしゃれして嬉しそうにしてるの見てないって、寂しがってたよ?」
結は爆弾の次に、ICBM(大陸間弾道ミサイル)を投下。
「うぅっ……」
香織としては、家族と出掛ける事が嬉しくて、服装に気合が入っただけで、おしゃれ自体を楽しんでいたわけではない。
それでも、着実に香織にヒットする結の言葉。
何度か揺れ動き、
「……ちょっとだけ、見に行っていい?」
頬をそめながら、ついに陥落した。
結はその様子に密かに安心していた。
そもそも、昌継は、家族で出掛けられていない事を結や香織に対して、申し訳なく、そして、自分自身も寂しく思っていることを結に話しただけだ。
おしゃれ云々は全くのデタラメである。
何故そんな事をしたのかというと、小学校からの帰り道にて、民家の前でおばさま方が
「最近すっかり夫と冷めきっちまって、おしゃれなんざする気にもならんねぇ」
「うちもだよ。特にうちの旦那は――」
などと話していたのを聞いてしまったからだ。
香織が服を見ないと言った時には、結は内心大荒れだった。
結からしたら、両親の離婚の危機である。
少なくとも、結にはそう思えた。
結の心配は、全くもって不要だったわけだが。
読んで頂きありがとうございます。
香織さん、まさかの元不良です。




