植物は怖い
22時34分。
母親のいない生活の2日目。
自身よりも父親の方が寂しそうにしている様子を多少楽しみながらの生活だが、彼女のすることは大して変わらない。
結は自分用のマグカップに口をつける。
半ば冷めたココアが、僅かに身体を温める。
今日は魔法少女としてのシフトがあるので、それを口実に魔力制御の訓練を行いながら積まれている本を読む。
魔法少女として初任給を貰ってから早半年以上。
着々と結の金銭感覚は一般的な小学生から離れていった。
具体的には半年で買った本の冊数は64冊。
積読は28。
本以外に部屋で増えたのは筋トレ用の小さいダンベル位なので、これでもまだまだ慎ましい。
本人的には割とまずいと思っている。
本棚も増設したので、半年で5万円以上。
収入全体から考えると本当に少ないのだが、それを軽く計算した結の背中には冷や汗が伝った。
なので、魔法局支部に漫画を100冊近く寄付していたアルベロには大人の余裕のようなものを感じた。
やたら金のあるオタクなだけで、大人らしいものかどうかはしっかりと考えなければならない。
あらすじに惹かれ手に取った恋愛小説を読了。
感想としては恋愛なんぞ良く分からないだったのはお愛嬌である。
悲しいかな、初恋さえまだな幼い少女に切ない恋模様など分からないのだ。
未成年の先輩ズも誰も分かっていないので別段問題でも無いだろう。
本を増設した本棚へ納めて、大きく伸びをする。
集中するとつい猫背ぎみになり、肩が凝るのだ。
ほぐすように動いて、部屋の隅に物理的に積まれた未読の本の元へ。
次は何を読もうか。
何かから逃れるように再度読書に没頭しようとするが、瞬間マギホンがけたたましく鳴った。
マギホンと変身アイテムを引っ掴んで、部屋を飛び出す。
靴に足を突っ込んで、ドアノブを握る。
「気を付けてね」
「――うん。行ってきます」
流石に慣れを感じさせる昌継の言葉にしっかりと返して、家を飛び出す。
物陰に入った瞬間、変身アイテムに魔力を注ぎ込み一気に加速させる。
「『変身』」
紅の光と共に、ガルライディアは夜闇を駆ける。
今日のシフトはガルライディアとアルベロだ。
戦法とかは粗方見せてもらったが、組むのは初めてだ。
少しだけだが、緊張する。
とは言え、戦闘経験は割と積んできた。
というよりも、はっきり言ってガルライディアの戦歴は異常だ。
少なくとも格上との戦闘経験は下手なベテランよりも多い。
「早いね。ガルライディア」
「アルベロさんこそ。私よりも遠いのに」
アルベロは街の中央部にある魔法局支部、そのすぐ近くの宿泊施設に泊まっている。
今回魔物を感知した地点までの距離はガルライディアの方が近かったはずだが、加集家から魔物の地点までの半分くらいの位置で合流した。
ガルライディアも決して機動力が低いわけでは無い。
勿論、成長途中で身長もまだまだ低く、身体も出来上がっていない。
魔力での強化は元の身体次第なので、ガルライディアは同等の魔力では相対的に身体能力が低い。
しかし、アルベロも身長は低く、身体強化が得意な訳でもない。
では何故か?
「森がざわめいていたから、用意しておいたの」
「も、森が……?」
何を言っているんだろうか?
世に聞く中二病は中学生の頃のみの筈だと首を傾げる。
同僚にいるせいでいらない知識が増えたせいで、ガルライディアは勘違いをして悲しい生き物を見る目を向けてしまった。
「私は植物操作が得意、だからなのか魔物が近くにいると分かる。周辺の森に満ちる魔力に異物が混じると反応が変わるから」
「は、はぁ…………。ちなみに、どれくらいの距離まで分かるんですか?」
「魔物の強さによるけど………、街の外周よりは広いよ? でも、魔物がいる時じゃないと感知できないから、別に疲れない。大丈夫」
たとえ、植物だけだとしても半径10km以上の円形の感知範囲は異常だ。
平時からそれなら間違いなく精神に異常をきたす。
だが、アルベロはそうはなってはいない。
その絡繰りは単純で、平時の森の魔力なんて分かる訳が無いのだ。少なくとも意識的には。
魔物の魔力が混じっている間、その地点が分かるだけだ。
だから壊れない。
とは言え、軽い頭痛のような印象らしいので煩わしいは煩わしい。
「――着いたよ。敵影は1体。ランクは恐らくB。さくっと終わらせていい?」
「あ、はい。お願いします」
「ほいさ。どーん、てね」
フィンガースナップ1つ。
魔物の周囲の木々が暴れ、その根や枝が槍となって魔物を不気味なオブジェへと変える。
即時元に戻す。
そこには血だまりに沈む死体だけが残った。
「よし、報告して帰ろ。夜は貫通力低くて面倒なんだけど、ここは土壌がいいね」
「………え?」
0.05秒で木の枝が3mは伸びていた。
あれで勢いは最大値ではないらしい。
ガルライディアの中で戦いたくない人が増えた瞬間だった。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。




