絶傷 Ⅱ
「……………………妹さんを、ですか……」
忘れかけていた呼吸を再開しつつ、口の中で転がすように。
もう三十年近く前の話とは言え、光の頭にこびりついて離れないあの時の地獄絵図。
俯いた瞳が酷く淀んでいることに、対面かつ座高の低い結だからこそ気が付いた。
「――ん゛ん、本題はここからです」
咳払い一つ。
結は無意識に背筋を伸ばす。
曲がっていたわけでない。
だが、光の雰囲気が結にそうさせた。
光の瞳は鋭い。
別に暑くもないのに結の額からは汗が一筋滴り落ちた。
「これは私が一番話すべきでないことではありますが、状況と年齢的に部外者でもないと出来なそうなので敢えて言いましょう。ガルライディアさん、今からかなり厳しいことを言いますが、心の準備は必要ですか?」
「――いいえ。お願いします」
殆ど即答。
光と結との話に首を突っ込む気は無いらしい創美は、しかし、ちらりと結を見る。
結は小さく首を振って、光の目を真正面から見つめる。
魔法少女としての結に対する大先輩からの意見だ。
聞かない訳にはいかなかった。
「ガルライディアさん、先日は何故人命を見捨てたのですか?」
「み、捨てた…………?」
鋭利な視線が、言葉にて切れ込みの入った結の心に刺さる。
「見捨てたでしょう? あの時、貴方は一度敵を大きく弾けた。その隙に少しの応急処置どころか、怪我人の状況を確認する素振りさえ怠った。実際私がいなければ、貴方のご友人は亡くなっていたでしょう」
「――っ………………」
目を逸らす。
ああ、そうだ。
己は殺意に呑まれた。
(でも、あの時は綾生を倒すのが――――)
「あの時は敵、魔人を退けるべきだった、と思いますか?」
「…………はい」
「それは正しい判断だったと思いますよ」
「……は……?」
明らかに否定する流れだったのに、急な肯定。
また、話の全容が見えないこともあり、結の思考はかき乱される。
「あの場面は敵の排除が正解ではありました。…………でも、それはあなたが冷静だったら、です」
「冷静、ですか……?」
「ええ。冷静に怪我人が助からないのを確認した後になら、最速での排除が絶対。けれど、間違っても怒りに任せて状況と役割を忘れて行う事ではありません」
「…………はい」
「我々の役割はあくまで、人を守ることです。敵を打倒するのは手段であって、目的ではありません。そこだけは履き違えてはいけない」
魔法少女は人類の防人であって、ただの暴力装置に成り下がってはいけないのだ。
そうなってしまえば、救えるものも救えない。
「――とまぁ、怒りに任せた結果助かる妹を殺して、今回も犠牲者をある程度見殺す前提でラウムが出てくるギリギリまで隠れていた愚者による、自分を棚上げしたお説教でした」
徐に立ち上がった光は扉を開ける。
僅かに結の方に振り返る。
「あなたはこうなってはいけませんよ?」
彼女の瞳に光は無く、その横顔に張り付いた硬い笑みが薄気味悪く感じた。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。
ハイパーおまいう案件のお話。
愚か者だからこそ、経験からものを言うのです。
歴史なんて知らないのですから。




