これは己との戦い
スラングって難しいですよね。
『就褥』クラッシュとセージゲイズの戦いの立ち上がりは静かだった。
お互いが魔力による純粋な身体強化のみでの格闘戦。
セージゲイズは『魔を垣間見る』を既に使っているが攻撃や妨害に魔法は現状使っていない。
お互いの格闘戦闘能力は拮抗しており、開始早々千日手となった。
(重くはあるが、薄っぺらい。服装的には特に暗器が入りそうなスペースはなし。…………あと気になるのは首の包帯………………)
強化倍率は魔力量からクラッシュの方が断然上だが、大半の魔法少女は基本的に魔物よりも身体能力が低い。その程度は日常であり、クラッシュにも大層な技術がある訳では無い。
セージゲイズは単純な技量を主軸に戦う魔法少女だ。クラッシュの大魔力をいなす程度はどうということもない。
膠着状態。
それは同時に破られた。
互いに己が魔法を起動する。
奇しくも両者魔法陣を編み上げる形式での魔法発動。
魔人はその方法でしか魔法を使えないが、セージゲイズは変身アイテムの補助による魔法発動がメインだ。
だから、今回のは偶然。
「燃えろ」
「眠れ」
『直接火力変換』をクラッシュの真下で起動した一瞬後に、クラッシュの魔法が成立。
セージゲイズの意識が遠のく。
『直接火力変換』を寸前で躱したクラッシュはすかさず攻撃に出る。
四肢に込めた膨大な魔力が泥濘の色で周囲を染めた。
荒々しくまき散らされる無駄な魔力。
本来なら他者の魔法を減衰させることも出来るが、今回は相手が悪かった。
「『直接火力変換』」
「ぎ、……ア゛ァ……………?!」
再度の『術式魔法』がクラッシュを襲う。
豪、魔力を全力で放出して術式自体を強引に粉砕して難を逃れる。
「――ハァ、ハ、ァ………ッ。何故起きている…………?!」
「やっぱり肉体に干渉して眠らせる魔法か。睡眠を妨げる方法なんていくらでもあるでしょう?」
例えば、体内が傷つかない程度に魔力を炸裂させたり。
そんなことを嘯く少女に対して、男は呆れを覚えると同時に何とも言えない表情を浮かべた。
「寝られる内に寝ておけよ、餓鬼が。特にこの国じゃあ十分な睡眠は貴重なんだぞ?」
「こっちの命を脅かす存在の前なんて、寝られる時に入らないでしょうに…………。まぁ、忠告は感謝しましょうか。感謝ついでにその包帯の理由も聞いて良い?」
予想外にも真面目な雰囲気からの発言に勢いが削がれるが、それでも戦いが回避できるとは思っていない。集められる内に情報は集めておきたい。
「――ぁん? こいつか。……こいつはなぁ――」
はらりと包帯を解く。
セージゲイズの視線が僅かに動く。
そこには縄で付いたかのような線が走っている。
セージの視線が動いたのでクラッシュは魔法を編む。
「――ブラック企業からの自殺未遂ってところかしら?」
「――――チ。……大正解だ、畜生め」
パリンと魔力を保有する存在のみに聞こえるガラスが割れるような音と共に魔法が粉砕される。
セージゲイズによる魔力弾の早打ち。
妹分に対抗するためだけに鍛えたクイックドロウが無駄に活きた。
魔力弾の乱舞。
30を超える打撃を従えて、セージゲイズはクラッシュへと接近する。
クラッシュも四肢に込める魔力を更に引き上げて、むりやり打撃戦に移る。
だが、純粋に手が足りない。
クラッシュの魔力特的に魔力の破壊力が低いのもあって、魔力弾を余波で砕いたりができないので拮抗などせずにすぐにクラッシュはボコボコにされる。
けれども簡単には倒れない。
ギリギリ直撃を避けながら魔法を編む。
先程よりも小規模かつ低出力のそれを砕こうとするセージゲイズの攻撃を身体で受け止めてなんとか発動にこぎ着ける。
踏み込み一つ。
右腕に最大出力の魔力を込めて。
使った魔法は一瞬だけ意識を落とさせる魔法。
すぐに目は覚めるだろうが、その一瞬が欲しい。
打撃一つで敵を最低でも無力化させる。
クラッシュは拳を放った。
ドゴッ、と思い音が響いて鮮血が散る。
「――『神火の戒め』」
右腕を魔力弾で逸らし魔法を起動する。
逸らしたは良いが完全には軌道をずらせずに頬が大きく裂ける。
だが、頭蓋骨丸々を粉砕されるよりは遥かにマシだ。
「間に合うはずが……っ」
「ないわね。…………でも、眠った程度で制御を手放すはずが無いでしょう?」
そうだ、そもそも可笑しかったのだ。
クラッシュは眠らせたはずのセージゲイズの魔法が止まらなかったことを思い出した。
要はセージゲイズはクラッシュの行動を読んで前以て迎撃を置いていた。
言葉にすればたったそれだけ。
言うは易く行うは難しとはまさにこのこと。
「眠りなさい」
――『術式魔法』、『生命源之理』。
クラッシュの体温を28度前後まで下げるように周囲の空間に奪った熱を放つ。
これで無力化は完了した。
しかし、ここで問題が一つある。
これでは睡眠でない。失神だ。
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