悩め若人よ Ⅱ
「…………ファルフジウムさん、何か用事ですか?」
「んにゃ、ただの訓練」
ガルライディアが僅かに跳ねてから一拍程、何とも言えない空気感のなか、ファルフジウムは訓練室に入ってくる。
ガルライディアの質問が遅れた理由は言うまでもない。
彼女の耳が赤くなっているので見れば分かるし、見なくても察せられる。
「ガルライディア、ちょっと付き合って」
「――」
シャンと抜剣がガルライディアの息を飲む音をかき消す。
いつになく真剣で、張り詰めた気配。
ゆっくりと『フォルテカリバーン』を持ち上げる動作一つでも荒れ狂うような威圧感を孕んでいる。
しっかりと魔法少女としての銘を呼ばれたのは初めてだった。
ウォーミングアップはいいのかと聞くこともない。
大きくバックジャンプ。
両手の『フライクーゲル』をゆるく構えて、重心を落とす。
「――ごめんね。八つ当たりみたいなことなんだけどさ、もやもやしたものがなくなってくれなくて………………」
「…………早く片付けないと、一方的な勝負になりますよ……?」
理由を聞く気は無かった。
だが、ファルフジウムが苦虫を嚙み潰したような顔でぼそりと発した言葉は、覚えがあるどころの話ではなかった。
紅の少女の胸の内にも似たようなものが残っている。
だからこその精一杯の強がり。
ただの整理のつかない思いについての八つ当たりかもしれない。
ただの現実逃避かもしれない。
それでも、少女らは構えを取って、
魔力を全開にした。
ガルライディアは身体を覆う紅の魔力を思い切り圧縮して保持、ファルフジウムの黄の魔力は彼女の周囲から魔力を貪り緩やかな渦と化す。
この戦いは人と戦いながら己の心に整理を付ける戦いだ。
ぐちゃぐちゃな精神状態の者同士、どちらが更に崩れるか、心を定めるか、勝敗はそれ次第だ。
飛び出したのは同時だった。
普段の訓練でファルフジウムは張られた弾幕への明確な有効打を持ち合わせていないのはガルライディアは勿論知っている。
だが、今はそんなことよりも身体を動かしたかった。
言いようのない不安感を打ち払うように魔力放出と瞬間かつ局所的な身体強化でファルフジウムと同等以上の速度で彼我の距離を詰める。
突っ込んでくるガルライディアに対してファルフジウムは大きく剣を振りかぶる。
剣が纏う光は陽炎が如く揺らめきながら僅かずつ大きくなる。
少女の魔法少女としての起源は姉妹に等しき友のためだが、いつしか願いの力は彼女の唯一の自由な時間のためとなった。
蕗原 美勇に翼はなかった。
ファルフジウムには空は飛べぬが、空へと跳び上がる強靭な魔力があった。
この瞬間は後先考えず魔力を振るいたかった。
脇構えのような構えから振るわれた横薙ぎ。
その軌跡から閃光が放たれた。
ラウムと戦って以来、ファルフジウムは己の遠距離攻撃の乏しさに悩まされた。
せめて小技として弱くてもいいから何か手が欲しかった。
その結果出来上がった魔力放出の飛ぶ斬撃。
至極単純かつ純粋火力は低い攻撃だが、『累加』の影響で魔力での迎撃には単純な斬撃の出力よりもやや上の魔力が必要になる。
ラウムの空間断絶の防御への嫌がらせにもなる。
だが、彼女の眼前にいるのは魔力を束ねる願いを持った格上だ。
「『貫通』」
冷静に最高密度まで収束した魔弾で『累加』の特性を無視するように斬撃を消し飛ばして、ついでにファルフジウムの意識を逸らす。
思考を捨てきれない自分が嫌いだ。
いつも嫌な事ばかり考えて、勝手に落ち込む自分が嫌いだ。
でも、その在り方は今更変えられるとも思っていない。
だから、余分な思考を捨てよう。
その思考はただたただ眼前の仲間を打倒するために。
意識が魔弾へとほんの少し向けられたのは確認せずとも分かる。
その隙に自身の存在をファルフジウムの間合いの内側へと放り込む。
焦ったようなファルフジウムの左からの突きを右手の拳銃で上から抑え込み、左手の拳銃で魔弾を放つ。
それを横っ飛びで躱したファルフジウムの視界に映ったのは紅を纏った銀色の大型ブーツ。
「――――ッ!」
無音の烈波。
顔面からの強引な魔力放出で蹴りの迎撃と後退を並行して行う。
ファルフジウムが放った魔力と接触する前にガルライディアは蹴りの軌道を無理やり変えて、地面を打つ。
全力の踏み込みでファルフジウムとの距離を更に詰める。
「フッ……!!」
双手突きのように両の手の拳銃を突きこむ。
ファルフジウムが防御に構えた『フォルテカリバーン』の腹に叩きつけられた二丁の拳銃は甲高くなく。
「『衝撃』」
衝撃を徹する魔弾が二発、ファルフジウムを打ち据える。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。




