懐古録 Ⅴ
いつだったろうか?
たしか25かそれくらいの頃。
偶々入った居酒屋で出会った彼に救われた。
自身を無価値と考えていた私そのものを想ってくれた彼。
その中でも鮮烈に残った言葉。
――いらない人間なんているものか。……そんなこと俺は認めない!
いつ思い返しても安っぽい綺麗ごと、でも、そうだとしても当時の私にはこれ以上ない救いで、彼の隣にいて言葉の証明をしてもらった。
結婚生活も最初は順調だった。
子供ができるのも早かった。
だが、そこからが大変だった。
始まったのはDV。
暴力に晒されながらもかつての言葉から諦めきれずにいた。
今は駄目でも、いつかは…………と。
だからだろう。
子を成した後のある言葉でそれまで捨てられなかったものが、あっさりと瓦解した時のことを今でも夢にみる。
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「………………さて、と」
(これで証拠は十分。これ以上は弁護士の人次第)
蕗原 千里はパソコン内に設けたファイルの中の情報にざっと目を通して、背もたれに深く身体を沈ませる。
確実な離婚のための資料の用意は十分に出来ている。
最優先の親権に関しては、美勇の意思次第だから心配はいらない。
今回の離婚に関しては、裁判の方が確実であるが、究極的には安全に離婚・接触禁止という状況にもっていけるのなら何でもいい。
手軽さ、というよりはスピードの問題で今は弁護士に一切を任せる形で示談交渉をメインに動いている。
それで駄目なら裁判だ。
別に金銭を求めている訳ではない(貰えるのなら貰う)が、出来ることならなるべく今年度中に決着を付けたかった。
ふと千里の視線が壁にかけられたカレンダーへ向かう。
そこにはいくつものバツ印が付けられて、21日に大きく丸が付けられている。
本日は2月19日。
すぐそこに迫っているのは、美勇の高校入試。
美勇の高校生活が始まる前に離婚を成立させたい。
高校入学のための準備などで忙しくはあるだろうが、千里は出来るのなら娘に高校生活を何の憂いもない状態で送ってほしい。
そのためには、あの夫が邪魔だ。
「……いらない人間なんていないんじゃなかったの、誠一…………?」
――お前が、子供なんてつくるから………!
――――あんなガキ、邪魔なんだよっ!!
「あなただけは言わないと、信じていたわ」
どこか遠い空を睨んだ母の瞳に映ったのは、嘆きか、決意か。
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