懐古録 Ⅳ
パソコンと睨めっこを続けて数時間、蕗原 千里は空になったカップを片手に席を立つ。
「……リモートワークは正義、ってね」
誰に聞かせる訳でもなく、彼女は娘が用意してくれた2LDKの一室からキッチンへ向かう。
冷めたコーヒーをカップへ入れて、部屋へと戻る。
彼女は仕事の合間を縫って、自身で撮影した映像の確認をする必要性、そもそも引っ越しも視野に(一応は)入れていたこと、その他諸々からリモートワーク中心の職場に就職した。
その選択は間違いで無かったと今は自信を持って言える。
一時期、娘との関係が拗れてしまったが、母としての愛は片時も失ってはいない。
学校帰りの少女に夕ご飯を作っている時は、失いかけた幸せが手の中にあることを実感出来て、千里はその時間が好きだ。
「さてと、稼がなくちゃ」
美勇が申請した魔法少女への住居手当を使った後の家賃と食費などで千里の現在の収入は手いっぱい。
だが、娘の美勇は中学三年生、高校に上がるなら色々と入用で、本人が望むのなら大学にだって行かせてあげたい。
まずは着実に経験や実績を積んで、収入を増やさないと。
これから様々な苦労が待っているというのに、彼女の顔は晴れやかだった。
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――5月19日
視点:蕗原家リビングカメラ
――15:33
蕗原千里は夕食の支度を開始。
ドアの開く音に反応を見せる。
――15:34
家の中でドアが閉まる音がする。
蕗原千里に変化はなし。
(中略)
――17:18
ドアの開く音に千里は再度反応。
反応が前回よりも顕著である。
彼女の旦那、蕗原 誠一の帰宅。
帰宅早々怒鳴り始める。
――17:23
夕食の準備が整い、千里の手によって並べられる。
彼女がリビングから廊下に出ている間に、誠一が食べ始める。
――17:24
戻ってきた千里へ食事の文句を始める。
――17:29
文句が一度止まり、酒を要求。
金の無心を始める。
――18:13
酒を飲み続けていた誠一が、片付けを終え風呂の用意をしていた千里への暴行を開始した。
(中略)
――22:35
誠一がリビングを離れる。
千里は転がった空き缶などの片付けを開始した。
――23:03
千里がリビングを離れる。
今後、当日中にリビングに訪れた者はいなかった。
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