揺らぎ
ラークスパーに捕捉されたとは露知らず、ヒュアツィンテはなんとも呑気に建物の中を進んでいく。
そこは、ラウムが設けた魔人用の居住スペースである。
今は亡き『発散』ダイバーも以前はここに住んでいた。
ヒュアツィンテはまた別の建物で普段生活している。
そんな彼女がここを訪ねた理由と言えば――
(暫くぶりだけど、シャーロットはどうしてるかしら?)
そこまで会話が多かった訳では無く目的もあったとはいえ、なんやかんや彼女と街を歩くのは楽しかった。
価値観はまるで異なるが、それでも嘗て友人と大した目的も無く出歩いた記憶が想起される程度には、彼女といた時は楽しめた。
それこそ、友人のように。
「シャーロット、今平気?」
扉をノックして、引き開ける。
その音に紛れるように、液体が床面に叩きつけられた。
その色は、赤。
「シャーロット?!」
倒れこむシャーロットに駆け寄って、彼女の身体を抱き上げる。
「…………ヒュア……ツィンテ、様」
「今調べるから待ってて……!」
ヒュアツィンテは己が適性の魔法を用いて、シャーロットの体内をくまなく調べる。
まず傷付いた箇所を探り、そこを修復する。
その際、再発防止用の策を用意できるとなお良し。
そんな彼女の思考は己が力で打ち破られた。
「――――ッ?!」
(魔力回路の暴走…………、いや、別物だ。…………これは、耐えられてないから……?)
加えて、同じ魔人である筈のヒュアツィンテとシャーロットでは魔力回路含めた多くの箇所で様相が大きく異なる。
これは、個人差の領域ではない。
取り敢えず、負傷した箇所の応急処置は終わらせた。
根本的解決はラウムの意見を交えてからでないと、不可能。
ヒュアツィンテのその僅かに希望を孕んだ思考は、けれど、簡単に打ち破られる。
「無駄、ですよ。…………あなたと違って、1から6は遅かれ早かれこうなるのです」
「どういう、こと…………?」
なんとなく彼女にも分かっていた。
自身の肉体のことは自分が一番分かっている。
今、自分とは異なるシャーロットの肉体も隅々まで調べた。
その決定的な差異が分からないほど、彼女の目と魔力は無能ではない。
「元々、魔の才無き人間を魔人にするときと、魔力が豊富で回路も強靭な人間を魔人とするときで施す処置が同じだと思われますか?」
「…………どれくらい、保つの?」
「さぁ…………、あの時魔力を全開にしなければ、もう数年は大丈夫だったそうですが」
あの時、それは夏の終わりの襲撃の時だ。
あの時のシャーロットは魔力を出力任せに振るった。
それは当時のヒュアツィンテから見ても、拙い制御と言わざるを得ない児戯のようなもの。
そもそもの話だ。
ラウムが本気で魔人に街を襲撃させる気なら、鍛えさせない筈がない。
では、何故シャーロットは稚拙な魔力の運用しか出来ないのか。
単純な話で、鍛えたら死ぬのだ。
異常に引き上げられた出力に回路が耐え切れずに魔力が体内で暴れまわり、肉体を破壊するのだ。
例えば、ヒュアツィンテが最近行っている魔力制御の訓練とそれに並行した戦闘訓練を他の魔人が行った場合、その命は2か月で終わりを迎える。
つまりだ、
「我々はもとより捨て駒に等しいのですよ。長期運用を目的としたあなたと違って」
――あぁ、段々と何が正しいのか分からなくなってきた。
ラウムが協力してくれると言っていたヒュアツィンテの計画が、根本から瓦解しかねない衝撃だった。
「少し、待っていなさい」
でも、今はどうでもいい。
内心を仮面で覆い隠す。
まずすべきことは決まっている。
「必ず貴方を治せるようになるわ」
無理やりにでも笑え。
仮にでも友人のように思う相手の前だ。
せめて強くあれ。
このような悲惨な状況を無くす為の今までだ。
今為さなくてどうすると言うのだ。
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