懐古録 Ⅱ
今回の話、ちょっとなろう的にアウトにならないか不安です。
まあ、そうなったらその時なんで。
いつからそうであったかは知らないが、いつもそうであったのを知っている。
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切っ掛けはなんだったのだろうか。
勤めていた会社の倒産だったか、投資先の株価が急落した事だっただろうか。
それとも、今までの積み重ね全てが原因であろうか。
真相は誰にも分からないが、誰からみてもあの一家は異常であった。
酒とタバコに溺れ、働きもせずに暴力に走る父親。
家計を一人で支えながら、暴力に晒され続けた母親。
逃げるように自室に篭り、サブカルチャーと思い出に浸っていた娘。
家族は壊れていた。
数年後には、娘と母親が再び真っ当な関りを持った。
それ自体は喜ばしいことだった。
元々良好だった家族関係。
そして、共通の敵の存在。
問題だったのは、娘がすぐ後に家を飛び出したことだ。
その原因は、まさしく最悪の一言に尽きる。
母親が父親に強姦されていた際の悲痛な悲鳴だったのだから。
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読んでいた漫画をベッドに放る。
あられもない姿のヒロインの描かれたページが少し折れ曲がる。
「………はぁ、苦手なんだよねぇ」
誰に言うでもなく、美勇は呟いて漫画を避けてベッドへと倒れこむ。
漫画は昔から好きだ。
ただどうしても、アレなシーンは受け付けない。
純粋なトラウマと化している。
時を経てある程度軽減されてはいるが、それはそれとして苦手な事に変わりはない。
(本当にふざけやがって………!)
ギリリ、と歯が軋む。
最悪の父親に。
逃げ出した自分に。
母親が密かに集め続けた証拠の整理を手伝う過程で、母親が弾き切れなかった刺激の強いものをいくつか見た。
殺意に似た何かを自分にも相手にも覚えて、壊したくなる。
一緒に逃げることを提案はした。
今となっては母の真意も聞いて分かっているが、当時は証拠集めを名目に断られた。
証拠なんて十分だったのに。
なんとなくそれも分かっていた。
でも、あんまり説得に時間をかけてもいられなかった。
バレたくなかった。
だから、逃げた。
一人で。
大切な家族を置いて。
今過去の自分にあったら撲殺しそうだ。
そんな思いさえ父親譲りな気がして、自己嫌悪に苛まれる。
そうくよくよしてはいられないというに。
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コトリ、と寝室のテーブルにコーヒーを入れたカップを置く。
「ふぅ………………」
ため息を一つ。
疲労を滲ませながらも、彼女は緩く微笑んだ。
前々から変わらず美勇が借りている部屋は、2DK。
そして、彼女が使っていたのは、一部屋だけ。
その意味を気付けないような親はいない。
端から一緒に住む気でいてくれたのだ。
それが彼女には何よりも嬉しかった。
一度途絶えてしまった家族関係は、愛娘が歩み寄ってくれたからこそ修復できた。
こんな自分を母親として、慕ってくれているそのこと自体が千里には望外の喜びにあたる。
証拠を集めるため。
美勇の帰る場所が無くなってしまわないようにするため。
彼女が娘に話した理由はこの二つ。
けれど、本当はもう一つだけあった。
それは単純。
そして、自分勝手甚だしい理由だ。
過去を無かったことにしたくなかったから。
昔、とは言えまだ5年ほどしか経っていないが、優しく家族思いだった夫の姿を、二人で歩み始め、三人で手を繋いでいた時間を、どうしても捨てきれなかった。
当時、大好きだった家族を否定できなかった。
変わり果てた今を知っていても、瞼を閉じれば簡単に以前の柔和な笑みが浮かんでくる。
最早跡形もないというのに。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。




