辿り着いた末
その日は、年明けから二週間ほど経った真冬にしては暖かな日。
魔法局支部に、ニ名の記者が訪れていた。
彼らは『月刊魔法少女』シリーズの編集を行なっている会社の社員であり、ある魔法少女達へのインタビューの為の来訪であった。
受付にて許可証を受け取り、指定された部屋へと向かう。
件の部屋の扉をノックして、返事が返ってきたので、そこに入る。
「『月刊魔法少女』の取材の方々ですよね。そちらにどうぞ」
「……ありがとうございます…………」
主張の激しい「これじゃ無い感」を押し殺して、示された椅子に座る。
対面には、一人の女性が、呆れたような視線でもう一人を見ている。
「粗茶ですが」
コトリ、と僅かに音を立てて記者達の前に置かれる湯呑み。
緑茶(淹れたて)である。
見ると、会議室らしきこの部屋の隅に、電気ケトルや湯呑みが設けられていた。
「……すみません、取材の前に一つ良いですか?」
「どうぞ、好きなように言ってやってください」
記者二名のうち、女性の方が手を挙げる。
許可を出したのは彼女らの対面に座っている女性。
互いに何とも言えない表情をしているのだろう。
そんな思考は捨て置いて、先程から気になっていることを口に出す。
「なんでお茶出し、あなたがしてるんですか? ガルライディアさん」
「……? こちらの都合で取材が魔法局で行われるから、です?」
お茶出し担当は今回の取材対象が一人、ガルライディアへと変身した結である。
もう一人の対象、香織は、娘の精神状態を察しているので好きに空回りさせている。
なお、魔法少女への取材が魔法局(支部)で行われるのは魔法少女の秘密保護の観点からの事情であり、記者側からしてみれば「いつもの事」だ。
「この子、数日前に急に茶葉って会議室に備え付けのものでいいのか? とか色々やらかしていたので、生温かい目で見てあげてください。まだまだ子供ですので」
「はあ…………」
地味にグダグダとした状況の中、取材は始まった。
「…………ええ、まず、お二人が親娘であるのは、事実ですか?」
「事実です。口頭では信じられないかもしれませんが」
淡々とした答え。
音声記録も残っている事が前々から分かっていたので、この質問はほぼ確定したものだった。
「ご本人が認めた事実が欲しいので特に問題はありませんよ」
「……お前、そろそろその口抑えろ」
割とぶっちゃけまくる女性記者を、先輩らしき男性がドスの効いた声で止めようとする。
(……これ、時間掛かりそうだな…………)
陽が落ちるまでに終わるだろうか?
ガルライディアは自身の空回りを棚上げしながら、女性の様子に若干の呆れを覚えた。
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数十に及ぶ多種多様な質問を捌き続けて早数時間、記者達から最後の質問が投げかけられた。
「ーー親娘としてで無く、魔法少女としてのお互いの印象について教えてください」
何となく訊かれる気がしていた質問。
互いに、回答が無い訳では無い。
が、微妙に言いにくい。
互いの印象を言い合うのだ。
なんとも言い難い口に出しにくさがある。
「ーーでは、私から」
先に口を開いたのはアンドロメダ。
母親として、先達として、言葉に詰まっている者に任せる訳にはいかない。
先に言われたら、困るし。
「魔法少女となって半年とは思えない程ですね。魔力量は、同期の面々の平均とはかけ離れているでしょう。粗が目立つものの、体術、魔力制御共にある程度の水準はあります」
ガルライディアの居心地の悪さが跳ね上がった。
なお、魔法少女歴二年以内の者たちの中でのランキングでは、ガルライディアの魔力量はトップ5に入る。
マガジンに収束魔力弾として貯蓄もできる為、最大値は更に上がる。
「体術は追々でしょうね。魔力制御は日に日に向上中。『起源魔法』の発現や戦績も考えると、将来有望株と言った所でしょうか」
(個人的には、魔法少女としての将来なんてなくて良いのだけれど)
絶対に口には出さない。
出せない。
ついでに、隣から全力で目を逸らす。
己も周りに心配をかけ続けて戦ってきたのだ。
娘だからと、娘だからこそ、同じ行動を否定することは出来ない。
アンドロメダのガルライディアに対する評価の終わりから、一拍。
目線で促され、ガルライディアは若干重い口を開いた。
「評価出来るほどの能力が無いのを前提とするならですけど、瞬間的な大魔力の放出やその時の姿勢制御などは凄く参考になります」
ガルライディアの魔力放出は束ねて一気に放出すると言う、アンドロメダと似た方式を取っている。
また、両者共に大魔力を扱う事が多い為に、参考に出来る点は多々ある。
「急制動とかの時に、お母さんは腕の振りとかの風圧と魔力を併用しているんです。流石にそれは無理ですけど、動作と合わせた魔力の放出などで再現までは行けそうですね」
大魔力の扱いに関して、ガルライディアには天賦の才に等しい物が備わっているのだろう。
なんて事ないように再現可能など宣う。
なお、呼び方が「お母さん」なのはご愛嬌だ。
「怪我を前提とした戦い方は回復能力の無い私には不可能ですけど、周囲の人、物理的精神的どっちもですね、その人達の為に全力を尽くし続けるその姿勢は真似したいな、と。…………こんな感じで大丈夫ですか?」
隣からの視線が痛い。
振り向きたく無い。
そんなこんなで、記者達は大量のメモを手にほくほく顔で帰っていった。
扉が閉まった瞬間に、弛緩する空気。
ぐだり、と溶けるように、ガルライディアは机に上体を置く。
そのまま変身を解いて、更に力を抜く。
不意に頬を突かれる。
やったのは勿論、変身を解いた香織。
「今日は結が私の事をどう思ってるのか分かって、楽しかったわよ」
「………良かったね」
反応したら絶対に揶揄われる。
なので、雑に捌く。
なのに、顔のニヤつきは悪化した。
確実に魔法少女としての印象の話では無い。
丁度質問の中に、互いへの極々個人的な印象を尋ねるものがあった気がした。
「ほらほら、何だっけ? 母親としてどうなんだっけ? 嬉しかったからもう一回」
「………………」
無言で立ち上がり、これ見よがしにマギホンを振る。
「甘えん坊お母さんの音声、あの人達に渡してくるねー」
「ーーちょっと、結?!」
それは、昌継がこっそり撮って結の手に渡った秘密兵器。
なお、昌継は純粋にその音声を楽しんでいる。
そそくさと部屋を出ていく娘を追いかける為に、車椅子を走らせる。
「ーーんふふっ…………」
結の顔は香織からは見えないが、それでも楽しげな笑い声が彼女の耳にも届いた。
「……『ちょっぴり寂しがりで不器用で、だけど、家族の事を大事にしてくれる大好きなお母さん』だよ…………」
小声でこっそりと。
けれども、恥ずかしくて仕方が無い。
口元の笑みは兎も角として、顔が林檎のように赤くなっているので、捕まる気は無い。
なんとも気の抜ける覚悟を持って、結は程々の距離で合流する事を決めた。
どれくらいで赤みが取れるかは知らないが。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。




