回帰を超えて
エピローグはもう一話あります。
クリスマスイブに於ける空からの贈り物から早数日が経過した。
アンドロメダこと香織は病院送りとなり、そのまま経過観察も兼ねての入院となった。
怪我は粗方魔法で治ってはいるものの、碌に使っていなかった魔力回路を急稼働させた影響などを調べる為だ。
肉体的には元気な彼女の元へ、魔法少女の監督役である清水 創美が訪ねていた。
彼女の方は、自身で治療し切る程度のダメージであったので、入院とはならなかった。
「かつて最強とさえ称されていた引退済みの魔法少女が大暴れしたから、世間は大騒ぎよ。ニュースが貴方一色ねぇ」
「先輩も大概なのでは? そちらこそ守護神なんて呼ばれていたではありませんか」
最強と称された暴力の化身『絶潰』。
防衛戦に関して第一世代最高峰の『治湧』。
互いに古くから面識のある二人は共に一児の母である。
お互い人生は分からないものだ、と軽口もそこそこに、創美は病室のベッドに備え付けられた簡易テーブルに書類を置いた。
「急ぎで調べて貰ったわよ。グリフォンの魔石について」
「! もうですか。研究室の人達には後で何かしらお礼でもします。後で、彼らが好きそうな物の情報があれば教えて下さい」
アンドロメダが先日破壊したグリフォンのような魔物。
戦闘中に不自然な動きをしたその魔物の魔石の解析を香織は依頼していたのだ。
パラパラと書類をめくっていく。
望まない結果が無いことを願って。
けれども、
ーーーーーー
対象の魔石から放出される魔力は加速・減速系統の魔法に対する適性が確認された。
ーーーーーー
エレクの記憶より齎され、未だ実験中の魔石に魔法陣を刻む手法。
その応用として、金属板などに魔法陣を刻み、別途魔力を供給する事で魔法を発動させると言ったものがある。
実は街を覆う結界はそれに近い技術によるものだが、基本的に魔法局職員にさえ、秘匿されている。
その技術を用いての実験の結果だ。
「ーーそれで、香織が言っていたのは本当の事なの?」
「…………ええ。あの時の動きは『変速』のそれでした。この結果もそれを裏付けている」
魔力特性『変速』。
『潰滅』や『収束』よりは珍しく無いけれど、それでもかなり希少な魔力特性の一つだ。
その内の一人は、エーデルギア。
則ち、香織の無二の友だ。
当然ながら、『変速』への理解度もかなりのものだ。
「これまで、特性らしい特性の無かった魔物の魔力に、か。これからも出るでしょうね」
高ランクの魔物に、魔力で引き起こす現象に何かしらの得手不得手がある事は多いが、魔法少女の魔力特性レベルは、歴戦の戦士たる彼女達でも聞いたことも無い。
「我々の魔力特性は外部からの干渉の賜物ですけど、こっちは……どうなのでしょうか?」
「さあね。こっちとしては、これからも出る前提でいるしか無いのだけど」
変身アイテムに刻まれた魔法で変質した魔力に等しい程のものなど、天然ものとしてよりも、人為を疑うべきだ。
それこそ、魔人の生みの親とされるラウムが敵にはいるのだから。
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「ーー久しぶり、だね。お母さん」
「………………美勇こそ……ちょっと大きくなったかな」
なんともぎこちない会話。
これでも15年来の親娘の会話である。
蕗原 美勇の実母、千里。
彼女の目元には濃い隈が、袖に隠された腕には幾つもの痣が見られる。
「ごめん。呼び出しちゃったけど、時間大丈夫?」
「……ええ。とは言え、夜までは流石に無理だけれど」
彼女らが現在いる場所は、美勇がつい数ヶ月前まで過ごしていた街だ。
一応、彼女の現住所の隣街ではあるが、距離にして80km。十分に遠い地だ。
「私が出て行く前にも話した事だけどさ、一緒に住もうよ」
反応らしい反応は無い。
だが、その程度で止まる気は無い。
「お金も家も大丈夫だし、ーーーー暴力を振るわれる事も無い」
「ーーーーーー」
金銭は魔法少女である為に二人程度余裕だ。
元々借りた家は2LDK。
何処かのタイミングで和泉を連れて来れるように、大きな部屋を借りていた。
「…………そう、ね。確かに美勇の所の方が良いのかな」
「じゃあ」
「ーーでも、美勇はそれでいいの?」
お互い食い気味の会話。
急いでいる訳では無い。
ただ急いているのだ。
千里の確認のような言葉に一瞬止まる。
「あんな場所でも、帰る場所なのよ? 変わってしまったけれど、あの人のいる」
「そうだね。それは確かにそう」
何となく意味が分かった。
一応美勇の家ではある為に、居場所を捨てて良いのか。
今は見る影も無く、最早思い出だけとは言え、かつての優しかった父のいる家を捨てても大丈夫なのか。
美勇としても、幼き頃の思い出は昨日のように思い出せる。
けれども、
「私の居場所は父だけじゃ無いよ。お母さんは勿論だけどさ、明姉も、鳴音も、おばーー紫さん達も、新しい友達も、皆んな私の拠り所だから」
帰る場所は大事だ。
時に心の支えにもなる。
そして、それは一つとは限らない。
「離婚とかは後回しにしてさ、せめて私の居場所の事、紹介させてよ。沢山時間掛けて、ね?」
おずおずと伸ばされた手を取って、親娘は二人帰路に着く。
取り敢えずの進展。
未だ着地点は見えないが、一旦はこれで十分だろう。
親娘共々、捨てられないものもあるのだから。
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