集いて砕け Ⅻ
長い
「――――グゥッ…………?!」
大質量体による突進。
真正面からのそれを相手に、ガルライディアは咄嗟に両手を出した。出してしまった。
ミシミシと嫌な音が耳朶を打つ。
魔力を全開にして、強引に耐える以外に彼女に選択肢は無かった。
地面に打ち込んだブーツが抉れたアスファルトをドンドン削っていく。
だが、離れる訳にはいかない。
突進の速度的に各々魔法を放って止めようにもどうしても前線を下げざるを得ない。
下げればどうなるか。
ハルトクレーテの射程に入りかねないのだ。
未だ身動きが取れるかさえ怪しいアンドロメダが。
だから、下がると言う、寧ろ賢い選択肢は初めから彼女の中には無かった。
「――――――ッ!!」
声無き裂帛の気合いと共に、ガルライディアの両腕から細く収束された魔力が噴出する。
頭や心臓に常時回している魔力さえも単純な筋力強化に回す。
収束した魔力の噴出、それは魔力放出の発展形。
通常インパクト時にのみ放ち、瞬間的な威力を跳ね上げる技術を転用して、ロケットエンジンが如く持続させる。
最高に効率の悪い方法だが、これならばあらゆる魔法少女は空を飛べる。
アンドロメダの映像にあったものを密かに自分用に改造していたのが活きた。
だが、幾ら小細工を捏ねようとも人一人の出力には基本的に限界がある。
「『起源魔法』『不陸神居』!」
だから、もう一人、支えを増やす。
『今吹っ飛ばす準備をしているから、後10秒耐えて……!』
セージゲイズから飛んで来た『念話』にて僅かに希望が見え始める。
「『起源魔法』――『断崖絶壁毀す白亜の加護』――!!」
遅れてガルライディアの隣に並んだ白を纏ったグラジオラスは、両脚を杭が如く地面深くに叩き込んで、自身の身体を使った減速を敢行する。
残り五秒。
ハルトクレーテを必死に押し留める魔法少女達の背後で生じた圧倒的な魔力の奔流が、彼女らの肌を刺す。
『――――――――』
セージゲイズの更なる『念話』。
だが、それらはその場の者達には碌に届かなかった。
残り零秒。
『即時後退!』
セージゲイズの号令と共に、各々魔力放出などで急加速、ハルトクレーテから一気に離れる。
その瞬間、ハルトクレーテの足元――先程の魔力の発生地点――の魔力が一斉に活性化し始める。
「「『共同魔法』、『噴流魔衝』――!」」
セージゲイズとファルフジウムとの『共同魔法』。
遍く地が黄の閃光を纏う。
夥しい数の魔力の柱が天へとその身を伸ばし、ハルトクレーテの巨体を浮かし、動きを封じる。
「『白縛鎖』…………!」
制御限界スレスレの魔法行使。
幾重もの白の鎖がハルトクレーテを上空に縫い止める。
自身の身体にも巻き付け、強引に『断崖絶壁毀す白亜の加護』の効果を『白縛鎖』にまで適用させる。
「――――!!」
そこまでしても、ハルトクレーテを完全に止める事は出来ない。
待っているのは絶望か?
否。
そんな事、セージゲイズが分からぬ筈が無い。
抉れた地面、そこにあったインフラは完膚なきまで破壊されている。
漏れ出た水がひとりでに蠢き始める。
すぐに怒涛となりて渦巻き、地から追放されたハルトクレーテを包み込む。
周囲を水で覆い、対象の捕縛・無力化の為の魔法。
大量の水を必要とする為、本来なら市街地では扱い難く、本領は森林などでの野戦だが、今回ばかりは十分な水がある。
既にある水を用いた防衛戦を得意とした魔法少女の名は、ベンゾイル。
今ハルトクレーテに立ち向かう者達直属の上司である。
セージゲイズは先程の『念話』にて、ベンゾイルにハルトクレーテの拘束を頼んでいたのだ。
ベンゾイルが『起源魔法』、
『変遷拒む背反の百花』。
その力と『白縛鎖』にて、ハルトクレーテの抵抗を完全に抑え込む。
ラークスパーは、ガス欠寸前の身体に風を纏い、水球ごとハルトクレーテを上空に縫い止める。
『噴流魔衝』に割いていたリソースを各々次の魔法へと即時注ぎ込む。
「『四散世界』」
セージゲイズの視界を三名に共有する。
ハルトクレーテの周囲を仄かに照らす光波。
それが僅かに少ない点がある。
『暗い所を狙いなさい』
言われなくとも分かっていた。
だから、三名とも既に魔力を収斂していた。
枯渇寸前の魔力を強引に振り絞り、文字通り最後と一撃を成す。
電雷が長杖の先から空へと奔る。
触れたものを焼き尽くすそれさえ、奔流から溢れた力の一片でしか無い。
少女が瞳は完全に紫電に染まり、金色に混じった碧がたなびく。
「『悉皆還す赫灼たる霹靂』!!」
一筋の光と化した黄の力が周囲を照らす。
剣を含む全てを閃光にて覆い尽くし、少女が茶髪を白へと染め上げる。
振り上げた光の剣は陽炎が如く、風景を歪める。
――『Nova・Brave・Blade』!!
弱々しい紅の光が得物を包む。
けれど、瞬時に急激に膨張、全てを貫く一条と化す。
赤熱化したかのように深紅に染まった銀銃が、唸りを上げる。
「――『一条乖離した紅の慟哭』!」
全霊の豪雷と閃光についで放つ。
残りの収束魔力弾五発全てを注ぎ込む。
ガルライディアの身では未だ起こせぬ大魔力。
だが、彼女は一度今以上の魔力を強引に御している。
五発分程度、今の少女にとっては全く問題にならない。
天地から挟み込むように放たれた二撃の間、ハルトクレーテの弱点部位を、紅が寸分違わず貫いた。
大魔法を受けた点から罅が走り、ハルトクレーテの巨体を崩壊させていく。
ガルライディアはそれを見て、身体を弛緩させた。
最早変身を維持する魔力すら怪しい身で、意識を保つのすら難しい。
だからだろうか。
「――――」
崩れ行く肉体。
だが、主の命令はまだ巨体の中で生きている。
残存エネルギーを爆発させても、周囲に壊せる物は残っていない。
ならば、壊しやすいモノを一つでも。
閃光一条。
ハルトクレーテ最期の一撃。
それは今にも崩れ落ちそうなガルライディアのみを狙っていた。
最早彼女に回避する手立てなど無い。
けれど、動く者は存在する。
「――ぇ、あ…………!」
それらに反応出来ていないガルライディアは真横に吹っ飛ばされる。
身体を拘束された状態で満足に受け身も取れぬまま力に任せて荒れ果てた更地を転がっていく。
対物結界すら碌に機能していない少女の身には些かその衝撃が強かった。
けれども、大丈夫と言う確信があった。
転がる度に空を舞う鮮血。
それは少女のものでは無い。
やっとのことで止まっても、ガルライディアを下にして、彼女らは一塊のままだった。
「――――!」
力の入らぬ身体。
その目一杯の腕力で彼女は愛娘を抱き止める。
限界を超えた出力に晒された両脚は傷が開いて血を止めどなく流し、血濡れの衣装を更に赤く染めていく。
力無くぽんぽんと背をタップする娘を無視して、嘗ての最強は強く、強く抱きしめた。
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