集いて砕け Ⅵ
深紅を纏ったクリムゾン・アンドロメダ。
彼女にとって、空気であろうと皆等しく足場となる。
絶大な身体能力で空気を蹴り抜き、上空に於いて高速の三次元機動を見せる。
魔族特有の羽を展開したラウムを追いかけて、空を走る。
なお、羽の形状には個体差があり、ラウムのは烏の羽だ。
「『震界波』」
ラウムはアンドロメダから逃げながらも、一定範囲内の空間を歪ませ、戻ろうとする力を利用した衝撃波を放ち、反撃に出る。
本来なら、魔法の効果範囲に対象を巻き込んで、空間湾曲と衝撃波の二段構えの攻撃を行う魔法だが、魔法少女達の魔力的な抵抗力が高く扱いづらい。
特に、彼女の眼前に迫る元最強には。
「――フッ…………!」
瞬間的な上昇。
歪んだ空間の上を通って、回り込む。
ラウムの『震界波』が発動し切り、衝撃波がアンドロメダを背後から襲う。
なので、それを使う。
再度空気を足場として加速する。
普通に突っ込めば魔法ごと突破出来るアンドロメダだが、今回ばかりは利用した方が得だったのだ。
魔力操作による体内での魔力循環・魔力を全身各部に纏わせる事・魔力放出・衝撃波。
その全てを使った加速は、ラウムの認識から一瞬ながらアンドロメダの姿を消した。
燻んだ金色の瞳は、しかし、瞬時に当たりをつけた。
元々視覚情報を振り切っても、ラウムの魔力感知からは逃れられない。
だが、それでも視覚情報無しでは、些か精度が落ちる。
「――チッ」
生半可な防御は意味をなさない上に、一点集中も情報量的に危険。
それらより、ラウムは自身の周囲に球状結界を展開し、その内側に五重障壁を用意する。
『空間』の魔法はアンドロメダには致命的に相性が悪い。
よって、適性のある別の魔法で対処する。
ラウムやエレクが保有する色彩魔力と呼ばれる特殊な魔力は、この世界に於いてネーミング事故が起こってはいるものの、極めて強力なものだ。
一つの属性に染まり切った魔力は魔法威力・耐性共に圧倒的だ。
加えて、単一属性に染まり切っているとは言え、系統の近い魔法はしっかり使える。
もっと言うと"ある程度適性がある"程度の者よりも効果は上だったりする。
ラウムの『空間』は文字通り空間に干渉する事が可能な適性であり、それに近い魔法系統は障壁と結界だ。
そのため、彼女の多重障壁と結界はエレクでさえ破壊するのに数秒の溜めがいる程に硬い。
だからなんだと言う話だが。
「『強化・右腕』」
部分的な身体強化魔法を発動し、勢いのままに振るう。
それだけだ。
――ガガガガガッッ
瞬間的に5つの防御を粉砕。
最後の一枚もヒビだらけでもって2秒。
反撃は面倒だ。
なので――
「――ハッ、それ程の力を今なお持っていながら、守れなかった者がいるとは滑稽だな」
「黙れつってんだよ――! お前が、お前さえ居なければ……!」
精神を攻める。
物理的には未だ現役含めた魔法少女で最強クラスなアンドロメダだが、その心は極めて揺らぎやすいとラウムは知っている。
何度も試したのだから。
その証拠に、アンドロメダの口調は高校時代のそれに程近い。
「今から15年ほど前だったか、お前が破壊した魔物は、確かに私が放ったものだ。――だが、それがどうした? 弱く脆いからこそ死んだと言うのに」
「――――ッッ!」
ギリギリと歯軋りの音がラウムの耳に届く。
自信の所業を完全に棚上げした発言はクズ極まりないが、アンドロメダにはよく効く。
変速の魔法少女 エーデルギアこと矢車 雪乃が死亡した戦闘。
その際の敵は、大型の魔物だった。
強固な甲羅と魔力によって他を寄せ付けない。
突如として現れ、街を、人を蹂躙した。
まるで、『ハルトクレーテ』のように。
当時のアンドロメダには『起源魔法』が無く、その結果友を殺された。
バリンと音を立てて、遂に障壁が砕け散った。
羽に魔力を込めて、急後退を図る。
「――本当は、お前の身体が欲しかったのだがな。お前達が言うところの特性『潰滅』、その実験材料が、な」
「うるっせぇ……!」
アンドロメダも急加速して追い縋る。
だが、一瞬遅かった。
ラウムの後方、数十メートルにて数多の空間の穴が発生する。
そこから現れるのは、羽を持った魔物達。
「『赤色の女を殺せ』」
命令をフュンフと同系統の魔法で行い、彼女は後退する。
魔物そのものは雑魚の集まりだが、ラウムよりはアンドロメダに相性が良い。
まだ時間稼ぎにはなる。
「――シャアアッッ!」
拳を振るい、蹴りを見舞う。
ただそれだけでどんどん魔物の数は減る。
「魔力特性『潰滅』。お前のその魔力は特殊も良いところだ。身体強化特化のように見えて、回復効果も含まれている」
厳密には自然回復力を爆発的に高めて強引に治癒しているだけで、一般的な回復魔法とは別だが。
クリムゾン・アンドロメダの特性『潰滅』。
身体強化系統の魔法以外をロクに扱えない――色彩魔力の方がまだ汎用性がある――その特性は、ラウムから見ても耽溺モノだ。
その性質上、体外への放出もあまり得意では無く、副産物として圧倒的な魔法への抵抗能力が得られる。
壊れにくい手駒、ラウムが手にしたいものの理想型の一つと言える。
「オオオッ!」
一方、ラウムの無駄話をガン無視しているアンドロメダは、数体の魔物をまとめて屠って、次の標的に目を向ける。
その頭は鷲のようで、胴は獅子、尾は蛇、そこに鳥の羽を加えた怪物――グリフォン。
魔族の研究成果の一種をラウムが再現・魔改造した魔物だ。
複数の生物の特徴を併せ持つ魔物、通称キメラ。
それを相手取る事は、アンドロメダにとって慣れた事だった。
そこの金髪が原因で慣れざるを得なかっただけだが。
加速を挟み、前足を掻い潜る。
グリフォンの身体的特徴より、注意すべきは嘴と爪だと当たりをつけて、それは徹底的に避ける。
キメラの利点に複数の生物の強みを同時に持てる事がある。
しかし、身体は、脳は、一つだ。
ならば、要素を分解して対処すべし。
「――フッ……!」
拳を握り、羽の付け根に向かって振り下ろす。
深紅の光芒はグリフォンの身体を完璧に捉える。
そのはずで、あった。
羽毛が舞い散り、アンドロメダの視界を奪う。
狙ったのは羽毛で無く付け根。
今までのグリフォンの速度では躱し切れない状態で放った。
だと言うのに、避けてきた。
加えて、魔物は通常黒色な魔力が灰色だ。
(この軌道、魔力は――――)
――まさか、
「『迫界』」
ラウムの魔法が炸裂する。
直径3cm程の針が高速で放たれた。
アンドロメダの魔力防御や結界を突破して、彼女の身体に風穴を開ける。
「――ア、ァアッ!!」
強引に撃ち放ったアッパーカットでグリフォンを破砕する。
鮮血が腹部から止めどなく溢れ、彼女の装束を赤く染める。
アンドロメダの集中が切れる瞬間を、ずっと待っていた。
瞬間、地上で閃光が爆発した。
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