アルバム Ⅰ
図書館で調べ物をした後、結はそう遅くなる前に帰り、眠りについた。
けれど……
「なんか、寝れない…………」
友を失った話を読んでしまったからか、異様に目が冴えていた。
一旦水でも飲んでから、寝方については考えようと、ベッドから身体を起こす。
ゆっくりと、両親を起こさぬようにLDKがひとまとめになった部屋の扉を優しく開ける。
蝶番の軋む音がわずかに、けれど、はっきりと聞こえる。
「……結、眠れないのかい?」
そこには、薄暗い中、カップを片手に何かを見ている昌継の姿があった。
「……うん、寝れない」
「何か淹れよう。ちょっと待ってなさい」
電気ケトルのスイッチを入れ、すぐにソファに腰掛ける。
「お父さん、何見てるの?」
「これかい? アルバムだよ」
結の方に手に持ったそれと、読書用の小さな灯りを寄せる。
結はアルバムを覗き込むとすぐに目を逸らした。
「ーーははっ。自分のは恥ずかしいよね」
「なんでそんなの見てるの?!」
「そりゃあ、見るさ。思い出とーー」
一瞬前までの揶揄い混じりの声音が一変して、固くなった。
「戒めの為にね」
「戒め……?」
オウム返しをする他ない娘に、良く見えるようにアルバムをテーブルに置き、ページをパラパラとめくっていく。
5歳、6歳、7歳…………。
段々と大きくなる結の姿はけれども、そこから急激に数を減らした。
「これを見て、何を思うかな?」
「写真の数の話?」
問へすぐさま返ってくる正解を受け止めるように、昌継ははっきりと頷いた。
「そう。写真、もっと言えば僕が、僕らが結を顧みる事が減ってしまったのさ。覚えは無いかい? 当時一人だったろう?」
どこか他人事のような口調であっても、声音は後悔に濡れている。
「仕事が忙しかった。責任が増した。…………そんなものは言い訳にもならないんだ。僕らが結、君にした事は到底親として、してはならない事なんだ」
ほんの一瞬、言葉が出なかった。
「……で、でもっ、それは二人が私が困らないように、一生懸命」
「ーー既に当時は稼ぎも貯金も十分にあったんだ。そうでありながら、結が一番辛い時期になるまで、ずっと寂しい思いをさせておいて、暫くしたら元通りだ」
結の言葉を遮り、自身に刃を振るう。
二度とこうなってはならないと。
「巫山戯ている」
怒りを押し殺し、昌継は立ち上がる。
電気ケトルからお湯を注ぎ、インスタントココアの粉がよく混ざるようにスプーンでかき混ぜる。
その動作は極めて遅い。
まるで、この時になって情け無くも漸く覚悟を決めるように。
ことり、とカップが置かれた。
「すまなかった。謝って許される様なことでは無いが、まずは謝らせて欲しい」
しっかりと頭を下げて、昌継は言葉を紡げぬ娘に続けて語り出した。
「これからはどうとかを言う事はない。ただーー」
「ううん。大丈夫。さっきも言いかけたけど、二人が頑張ってくれているのは知ってたし、みんながいたし」
今度は昌継が押し黙る番だった。
罪悪感から動きの無い事を良いことに、結は軽く抱き付いた。
「ゆ、結…………?」
「ありがとう。これからもよろしくお願いします」
超至近距離。
ガンナーとしての間合いとは全く異なるが、少女には有無を言わせぬ何かがあった。
言外のあれこれを感じ取り、おずおずと昌継も愛娘の大分大きくなった身体をしっかりと抱きしめ返した。
「………………………………」
別室から光が入り込み、仄暗い廊下。
そこに居るのは、加集 香織。
ぎりぎりと拳を握り締め、そこからの血に構わず、さらに強く。
その表情は、殺意に濡れていた。
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