花と共に
「――これから5時間は正座を維持で」
ツンドラの如き、声音。
先程まで豪雷を振らせていた人物とは思えない。
本物の豪雷使いが悲しげに正座している様子を見下ろす瞳は、冷ややかな怒りが宿っている。
轟雷使いの義娘にも、その横に正座する実娘にも。
「――紫さん、流石に…………」
「なんですか?」
「…………………………」
先程正座をさせた人物――紫――の圧に負けて、夫・博文はすごすごと引き下がる。
なお、娘達は自身達に非があるとわかっているために、その様子を恨ましく思うこともない。
ちなみに、博文は結婚20年、恋人関係を含めて22年間一度たりとも紫の圧に勝てたことが無い。
「…………正座はそれとして、お帰りなさい。良く、帰ってきたわね」
膝立ちになって、紫は二人の娘を腕の内に抱き締める。
家出娘《鳴音》にも、夜に駆けた馬鹿にも、言いたい事はまだある。
けれど、大事なことは既に話した。
ならば、最早言うべきことは唯一つ。
「悪かったとは思っているわ。お母さんには何も伝えていなかったし、お父さんにも殆ど伝えずに飛び出したし。…………けれど、後悔はしていないし、次に同様な事が起こったら、また動くでしょうけど」
「止めてくれ。心臓に悪い」
反省はしているようだが、それは再発防止に努めると言った方向であることが親としての不安感を煽る。
博文に至っては、大丈夫だと分かっているものの、一切の躊躇なく娘が紐なしバンジーを決める瞬間を見てしまったので、余計に。
「……その、誰にも言わず勝手に出ていって、ごめんなさい…………」
「夫じゃないけれど、聞いたときには肝が冷えたわ。二度としない事、良いわね?」
「――はい。……………………あの、今言うことじゃないかもしれないんですけど」
紫の眼力は未だ凄まじいけれど、その最奥には隠し切れない鳴音と明への愛情がある。
淡々とした言葉でもその語尾は穏やかだ。
頷いた鳴音の次なる言葉を待って、一度抱擁を緩める。
「…………あの、その、お母さん、お父さん、って呼んでも良いですか…………………?」
不安げな問いかけ、その視線に対する夫婦の回答は決まりきっている。
「ああ、勿論」
「と言うよりも、以前から呼びたくなったらいつでも良いと言っていたはずなのだけれど」
即答。
待ちわびていたとばかりのその態度に、思わず少女は笑みを深めた。
街を守護する花々のすぐ横には、稲妻がいる。
花々を支える、異端の少女がここに一人。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。
雷が稲妻と称される理由は、雷のエネルギーで窒素を含む肥料を作れるからです。
これで三章も終わりです。
四章は4/17からの予定です。
また読んでいただけると嬉しく思います。




