黒花 Ⅴ
「――良い友を持ったものね、お互い」
「……うん…………」
消耗した身体に鞭を打つように、ラウムに近距離戦闘を仕掛けるガルライディアとグラジオラス。
その姿を見て、魔法の準備をしながら、セージゲイズとエレクはしみじみと会話した。
「いや、それはそうなんだろうけど、これでイケるかな………?」
既に『不撓不屈即ち勇気の証』を解いたファルフジウムは、用意中の魔法を不安視していた。
なぜか? 単純だ。
「『共同魔法』だっけ? 私したこと無いよ?」
エレク考案の策は、極めて簡単だ。
火力で殺す。
その為に、自身の制御のすべてを威力向上に注ぎ込む必要があった。
だから、その他を他二人に任せる形となる。
「――大丈夫。私達なら、きっと…………!」
残り少ない魔力を振り絞り、自身の放てる最大の雷撃を準備しながら、エレクはファルフジウムに、己に言い聞かせる。
「全くもう……。そんな事言われたら、断れないじゃんっ」
正面に掲げられたエレクの長杖――『ケラウノス』――の柄を力強く握り、笑みを深める。
その様子を微笑ましく思いながらも、これ以上のタイムロスはしていられないと、セージゲイズも逆側からエレクを挟んで杖を握る。
「魔法の制御は全て私がやるわ。二人はひたすら威力を上げなさい。ファルフジウム、残りの魔力全部注ぎ込んで『累加』の倍率を限界に。エレク」
一度言葉を切り、真横の妹の顔を横目に見る。
「――全力よ? 大丈夫、あなたのそれがどれ程のものであろうと、ここに恐れる者はいないわ」
「――――――うん」
自身が人から乖離している証左、その紫電を少女は仲間の前で解き放つ。
バチバチと雷鳴が全身から響き、髪は半分以上が紫紺に染まり、同色の瞳からは常に電光が漏れ出ている。
ぐっ、杖を握る手に力が籠もり、魔力を思い切り杖の先端に収束させ始める。
その流れに沿って、横からファルフジウムの魔力が混じり、収束した魔力を増大させていく。
セージゲイズはそれらを外側から押さえつけながら、流れを整えていく。
僅かに漏れ出た魔力が少女の頬を紫電として、一閃する。
けれど、集中は途切れさせない。
――まだ放つ場面ではないのだから。
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「『白亜』」
迫りくる攻撃の尽くを、幾重にも張り巡らせた障壁で防ぎ切る。
爆炎や暴風に逆らい一歩踏み込むグラジオラス。
今の彼女は、後方三人に攻撃が届かないように『白亜』を展開している為に、他の魔法は満足に使えない。
より正確には、ラウム程の魔法出力相手では『白亜』に普段以上の脳のキャパを割かねばならない為に使っている余裕が無い。
出来て、操作せずに障壁を別途展開する位だ。
だが、彼女にとってそれさえ出来れば後はいらない。
繰り出される魔法の間を縫うように突っ込んでいく。
瞬間、ラウムの視界を紅の閃光が覆う。
ガルライディアの魔弾がラウムの空間断裂に阻まれて、砕け散る。
けれど、それはあくまでグラジオラスの補助、ただの目眩ましに過ぎない。
ついでにラウムの後ろ側、空間断裂に巻き込まれないギリギリを狙って『衝撃』を三発程撃ち込んで、ラウムの集中力を少しだけグラジオラスから逸しながら、後退を防ぐ。
「ハアッ…………!!」
ギャリリ、と魔力が軋みを上げる。
グラジオラスの斬撃はラウムに届かない。
「届かぬのだから、そうそうに諦めて殺されれば良いものを」
「そちらこそ攻撃を当ててから言ってくださいな。届かないのなら、諦めて逃げれば良いのでは? 転移があるでしょう?…………ああ、それとも使えないのですか?」
雄叫びとともに放たれた斬撃が全く自身に届かぬ様子に愉悦を覚えるラウムであったが、グラジオラスの挑発に若干の苛立ちも覚えた。
グラジオラスの最後の言葉『転移が使えない』というものが当たっているからだ。
勿論それ以前も原因だが。
ラウムの空間干渉による転移は、周囲の魔力が荒れていると使い物にならない。
それも現在位置と転移先の両方で、だ。
現在位置周辺で空間の魔力が荒れていると、そもそも転移を行えない。出来ない訳では無いが、ラウムをして積極的に行おうとは思えない。
そして、転移先が荒れていると転移座標にズレが生じるのだ。
今回の場合、完全に前者であるために余計に逃避にも用いる事ができない。
グラジオラスの挑発は、ラウムの魔力制御を少しでも乱すためのものであったが、自身の発言から思わぬ収穫があったのだった。
苛立ちを隠せぬラウムの背後から、一人の少女が距離を詰める。
流石に不意打ちにはなり得ないが、ガルライディアにはそれで十分だ。
かちり、と両手の『フライクーゲル』のセーフティを解除する。
両銃を突き出し、空間断裂に叩きつける。
「『貫通』!」
収束魔力弾を用いた二発の魔弾が空間を、それを固定する魔法を軋ませる。
眩しさに目が眩むが、ラウムはしっかりと飛来する魔力の斬撃を捉え、的確に魔法に魔力を流し込む。
だが、それが間違いだった。
(……弱すぎる……? 何故だ?)
グラジオラスが放った攻撃にもならない魔力。
その威力の低さを訝しむ。
「『起源魔法』」
ぞくり、とラウムの背を僅かな恐怖が襲う。
その発生源はガルライディアだ。
両手の銃を重ね合わせて、一丁の長大なライフルへと変形させる。
瞬間、周囲の魔力の尽くが銃身の奥に収束していく。
ラウムの展開している魔法からも、空気中からも、魔力を奪い、我がものとしていく。
「『魔装』」
ガルライディアに気を取られていたラウムがそれを聞き取れたのは、最早偶々だった。
すぐさま、そちらに視線を向けると、一振りの小太刀に純白の魔力を注ぎ込み、なおかつそれを外に一切漏らしていないグラジオラスがいる。
『魔装』。それは近接武器を魔法具として所有する魔法少女らの到達点の一つ。
魔法具に魔力を一極集中させて、それを魔法具内に押し止める。
これにより、魔法具の基本性能を大きく向上させ、追加で強力な魔法破壊及び対魔物性能を与える。
引き絞られたそれが弾丸が如く、打ち放たれる。
その瞬間、ラウムの超至近距離からも声が響いた。
「『一条乖離した紅の慟哭』――!」
「シャアアアァァアアアァァッーーーー!!」
貫通力重視の必殺が二条、ラウムの空間断裂に叩きつけられ、魔法が崩壊する。
だが、魔弾は共に消滅し、斬撃も勢いを失う。
その刻を待っていた。
「「「『共同起源魔法』」」」
それは複数人の魔法少女の願いが合致した瞬間のみ発現する欲望の極地。
――今も未来も生きて欲しい。
――これからも共にいて欲しい。
――これからも見ていて欲しい。
だから――
「「「『永遠に轟く我らが神鳴り』」」」
永久の存在証明をここに。
「――クソッ…………!!」
ラウムは咄嗟に転移を選択。
魔力の荒れ具合からどうなるか全く分からないが、そうな事言ってはいられない。
「――アアアアアァァァァアアアアッッッーーーーーー!!!」
痛みと気合からの絶叫。
『悉皆還す赫灼たる霹靂』に比べて、圧倒的持続性を誇る魔法に晒され続けて、ラウムは全身を隈無く焼き尽くされる。
その寸前にぐちゃぐちゃな転移をなんとか発動させる。
悲痛(そこにいる人間は誰も思っていない)な叫びが消え去って、静寂が訪れた時、雷電は止んだのだった。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。
後はエピローグで三章も終わりです。
なお三章の連続戦闘シーンだけで、現時点の拙作の一割の文章量になっている。
ちょっと反省せねば。




