母の想い
感情表現って難しい
香織は、体調を崩した娘―結のために昼食として、たまご粥を作っていた。
しかし、彼女の内は全く別の事で埋まっていた。
――結は、人の温もりに飢えているように感じます。
この言葉は、前日に守美子が結にバレないように香織に言ったものだ。ついでに抱き締め頭を撫でた時、結が涙を流したのも香織は聞いた。
香織の胸の内では今様々なものが荒れ狂っている。
愛情、懺悔、後悔……それらは、一つ一つが本当で、だからこそ整ってはいない。
結の成長を見てきて、大人になったつもりでいた。
けれど、まだまだだと、香織は感じる。
昔は結はよく香織に甘えるように抱き着いていた。
しかし、この数年そんな素振りは見なくなった。
香織は、結もお年頃なのかしら?などと呑気なことを考えていた。
けれど、実際は違う。
結があからさまに甘える素振りを見せなくなったのは、香織の仕事が軌道に乗りだしてからだ。
自然と結と接する時間も減った。
結は恥ずかしくて、香織に甘えなくなったのではない。
寂しかったのだろう。けれど、結は香織の事を気にして、我慢した。我慢させてしまった。
なのにどうして今までそれに気が付かなかったのか。
(本当に不甲斐ないな……。駄目なお母さんでごめんね……)
後悔しても後の祭り。抑えようとしても、募るばかり。
娘に自ら接していかなければいけないのに、それをせず。
あまつさえ、失いかけて今更心配して……。
こんな自分で本当に結の母親が務まるのだろうか。
香織は不安感に押し潰されそうになる。
だけど今考えるべき事は別である。
自分の大切なものを大切だと自信を持って言えるあの子の母として、今のままでは駄目なのだから。
彼女の不安感はなくならない。けれども薄れはした。
今までで駄目ならどうすればいいのか。
簡単なことだと、香織は考える。
結が生まれたばかりの頃、今よりも何もかもが拙くて、だけど愛情表現だけは今よりも上手くて。
その頃のように自分の気持ちに素直になればいいだけなのだから。背負うものは確かに増えた。だとしても、土台はいつだって同じなのだから。
だから、虫のいい話だとは思うけれど、
(これ以上、あの子に寂しい思いはさせない。絶対に側にいる。1人になんかさせないからっ)
ある意味では、一度失ってしまったものを取り戻したのだろう。決意を胸に、香織は結の自室へと向かった。




