花々 Ⅴ
『悉皆明かす愚者の智慧』。
そう、セージゲイズが唱えた瞬間から、彼女の両目を仄かな光が包む。
『魔を垣間見る』はあくまでメガネのような形状として外付けされていたのに、対してこちらは完全に直接肉体に魔法を作用させている。
使用者のイメージに依存する魔法にこのような分別は本末転倒にも思えるが、無理矢理に系統分けするのなら、解析・身体強化複合魔法と言ったところだ。
効果は、文字で表すと単純だ。
「……ッ…………!」
先程と同様の速度で、ファルフジウムとの距離を詰める。
(身体能力が変わっていないのなら、さっきよりも速く攻撃すれば――――)
ファルフジウムは、魔力放出も利用して、一気に剣を加速させる。
最初は峰打ちを狙っていたが、そうも言っていられない。
死なない程度に斬る!
最早、一流の剣士でも光芒さえ捉えられるか怪しい程の一閃。
けれど、それはセージゲイズの障害にはなり得ない。
「見えているわよ」
セージゲイズに剣が接触する。
その寸前に、ファルフジウムの両前腕部を一つずつの障壁が覆った。
接触面積はかなり小さいとは言え、大量の魔力を纏った前腕部を覆ったのだ。当然、障壁は砕け散る。
けれど、剣速は僅かながら確実に鈍り、セージゲイズはそこを掻い潜る。
振るわれる鉄拳。
それを辛うじて躱しながら、ファルフジウムは思わず悪態をつく。
「障壁なんてどうやって…………?!」
そもそもだ。
そもそも、ファルフジウムが纏っている魔力量的に、先程の障壁は直接接触させて発動なんて出来ないのだ。
発動前に、魔力で編んだ術式が、強い魔力で乱されて発動まで至らない。
では、何故魔法を使えたのか。ファルフジウムはそう聞きたかったのだ。
だが、それに答える程、セージゲイズはお人好しで無い。
無言で、魔力弾を乱れ撃つ。
とは言え、制御はしっかり握っている。
ファルフジウムが無意識的に着弾予想部位を魔力で覆っても、そこを攻撃しないのだから、寧ろ逆効果だ。
だが、『累加』特性の影響か、魔力の多寡の微妙な差に鋭いファルフジウムは見た。
魔力弾が魔力の流れで一瞬防御が薄まった点を正確に穿っていることを。
(魔力の流れが見えてる……?! 『不撓不屈即ち勇気の証』の魔力を掻い潜って体内の魔力を見るなんて…………。しかも、魔力の流れなんて一瞬で変わる濃淡をっ)
そう、それこそが『悉皆明かす愚者の智慧』の効果。
発動中に一度視認した物体(生物含む)の情報を完全に観測し切る。
文字で表すと、これだけだ。
だが、その完全の部分にこの魔法の真髄がある。
力の流れから、観測物の一瞬先の未来さえ見通す。
そして、その情報を、強化した眼と脳で処理する。
「ファルフジウム、私は鳴音が笑っている未来が欲しい。例え辛いことが悍ましい程にあの子を襲っていても、最後に『幸せだった』って言って欲しい。――だから、あの子の側で支え続けると決めたの。だから、鳴音のもとに行くわ。貴方は? ファルフジウム――美勇は、どうするのかしら?」
ほんの少しながら、ファルフジウムの顔に諦念が浮かんだ。
それを見て、セージゲイズは対話を試みた。
今の幼馴染みになら通じると経験が言っている。
「……私はさ、さっき言った通り、鳴音が今したいことを全力で手伝いたい」
「それが、自殺行為だとしても?」
「…………うん。死んで欲しい訳じゃ無いけどね」
自身の感情など二の次と言わんばかりのファルフジウム。
その覚悟に一種の敬意を抱きながら、セージゲイズは鳴音の願いを口にした。
「あの子が、存在を認めて欲しいと思っていたとしても?」
「――っ? どういう…………」
「エレクトロキュート・イグジステント、神崎 鳴音の願いは『彼方まで轟け』。自身の存在を、一人でも多くの人に知っていて欲しい。今なお孤独なあの子の願いらしいと言えば、そうじゃない?」
神崎の両親に捨てられた後に、戸籍的及び眺野家の面々的には家族として見なしていても、本人からすれば自身はどこまで言っても異物だ。
血縁家族の、今の書類的家族の、そして世界の。
「だったら、願い――鳴音のしたい事――を手伝うのが、貴方のしたい事なんじゃないの?」
「……でも、鳴音が傷付くのも――!」
ファルフジウムの思いも、セージゲイズは誰よりも良く分かっている。
「私が、私達がやるのよ。あの子が傷つく度に、埋めていく。それがどれほど難しいかなんて考えないわよ。人間やってやれない事はそうそう無いわよ?……異物? 人外? そんなもの知ったことか。そんなもの――」
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