花々 Ⅳ
二名の少女が全力でぶつかり合う。
方や、数多の魔力弾を従えて、本を片手に、相手の一挙手一投足に眼を光らせる。
方や、少女自身が黄の光芒と化し、剣を構え、それを振るう。
セージゲイズとファルフジウム、両者の戦いは一見膠着していた。
だが、実際には違う。
(『起源魔法』を発動してから、段々と身体能力が上がってきている。…………と言うよりも、『累加』の性質自体が強まっているのね)
セージゲイズは『魔を垣間見る』にて、ファルフジウムの魔力の状態を見抜いていた。
流石に高速戦闘中に魔法の術式を解析している時間はないが、結果さえ分かれば良いのだ。
しかし、その結果が芳しくない事も、彼女は見抜いていた。
ファルフジウムが発動した『起源魔法』、『百折不撓即ち勇気の証』の効果は、通常瞬間的に消費する魔力量に増幅倍率が依存する『累加』の特性が、継続した魔力消費に依存するようになった。
簡単に言えば、魔法を使っている間、時間経過でどんどんファルフジウムが振るう魔力が大きくなるのだ。
発動当初に倒されなければ、強くなり続けるのだ。
これは、戦力的にも戦法的にもセージゲイズが不利な事を意味する。
元々大きく開いていなかった戦力は、段々と縮まって、今では単純能力はファルフジウムが上になっている。
また、セージゲイズの基本戦法である相手の纏う魔力の脆弱点を突く戦い方が、『累加』で脆弱点が急激に変化するファルフジウムには通用しないのだ。
元々、短期決戦のつもりでいたが、余計に速攻をせねばならなくなった。
継続的な魔力消費はあるものの、ファルフジウムはギリギリまで時間を掛けて戦うつもりらしく積極的な攻撃が目に見えて減っていた。
つまり、セージゲイズは自ら仕掛けなければならなくなったのだった。
魔力弾を自身に追従させる形で、10発用意する。
魔力放出を用いて、ファルフジウムへの急接近を試みる。
踏み込みと同時に3発の魔力弾を放ち、ファルフジウムの進路を限定する。
「――フッ……!」
左手に魔力を収束させて、素早くジャブを放つ。
スレスレで避けるファルフジウム。ついでに直剣を横薙ぎに振るう。
「ぐっ…………」
剣が届くよりも早く、左手を引き戻しながらの裏拳で腹を打つ。
瞬間、弾ける魔力がファルフジウムに第二の衝撃として襲い掛かる。
ガルライディアの『衝撃』から着想を得た攻撃法。
体勢が崩れた事を確認次第、畳み掛ける。
拳と脚。
四肢を限界まで回転させて、打撃を叩き込んでいく。
僅かな空白を埋めるのは、周囲の魔力弾の数々。
それぞれが一つ一つの生物かの如く動き回り、セージゲイズの攻撃の隙を徹底的に無くす。
一頻り殴り抜き、抵抗が止んだ瞬間に、魔力で編んだ縄で拘束する。
「――ファルフジウム、貴方は鳴音の目的を知っているの?」
「……ううん。知らないよ…………。でも、さ、鳴音は自分が苦しんでいる原因を何とかする為に、私を頼ったんだよ。だったらーー」
ギチギチ、と縄が悲鳴を上げる。
冷静に縄を魔力で補強するが、それでは不十分だった。
「私は、鳴音の今を全力で支える!!」
ぶちりと引きちぎり、少女は己の愛剣を己の姉に向けた。
「あの日、一人真っ暗な世界にいる鳴音を照らすと誓った。あの子が道に迷わないように、暗闇の中でも歩けるように。例え、それが間違っていたとしても、鳴音がしたいって言った事に、手を貸すために!」
彼女の纏う黄煌が輝きを増す。
単位時間あたりの魔力消費を増やし、運動性能を跳ね上げる。
ぐっ、と身体に力を込めて、少女は疾走する。
応じ手はセージゲイズの魔力弾の乱舞。
一つを躱して、一つを切り裂いて、もう一つの下をスライディングで潜り抜ける。
『Brave・Finish!』
右脚のブーツに設けられた剣の鍔と同型のソケット。そこに屈んだ際に、携帯を落とし込む。
再び響く電子音。
収束する魔力。
今度のそれは、先程の一撃の比ではない。
――避けられない。
セージゲイズは咄嗟に出来る限り頑丈な障壁を予想される軌道にのみ展開して、身体を限界まで後ろに傾ける。ついでとばかりに、『セファー・ラジエール』を掲げる。魔力は全部障壁に回す。魔法少女としての衣装も『対物結界』と『対魔結界』だけに瞬時に変更。
けれども、その程度でどうこうなるのなら、先の『Brave・Blade』で『神火の戒め』さえ破れていないだろう。
紙屑とそう変わらないかの如く容易に引き裂いて、少女の蹴りは、セージゲイズの身体を打ち据えた。
「――ガッ…………!!」
宙に打ち上げられる身体。
朦朧とする意識。
そんな彼女の脳裏に浮かぶは、走馬灯ではない。
在りし日の記憶だ。
_______________
神崎 鳴音。
彼女が捨てられたその日、幼き彼女は一人、元家の前に佇んでいた。
季節は、11月。幼子でなくとも数時間外に居続けるのは辛い時期だ。
その眼は何も映さない。
彼女は何となく分かっていた。
己が他とは違うから、気味悪がられた、捨てられた。
己に最早帰る場所など無いのだと。
冷え切った手を、身体を包んだのは、幼き頃の明。
彼女も何となく分かっていた。腕の中の小さな幼馴染みの状況を。
放って置いたら、消えていってしまいそうな――
_______________
セージゲイズは、地面に強かに体を打ちつけた衝撃で、目を覚ました。
数瞬、気絶していた。
(……そうだ。あの日に、私も誓った。鳴音を腕の中に捕まえておくと。吹けば消えてしまいそうな冷え切ったあの子を温めて、道行を支えて、共に歩いていくと……)
だから少女の己への誓いは『見据えて包め』。
どうして、こんな大切なことを忘れていたのだろうか?
鳴音がそれ以来消えそうになっていなかったからか。
けれど、今また眼前から消えてしまう。
(……嫌だ)
そんなの認めない。
鳴音と一緒にいたい。
いなくなるなんて嫌だ。
なんて愚か。
なんて自分勝手。
(……でも、まだ鳴音に言ってもらってない。……生きててよかったって…………)
魔法少女になった当初、割と無茶を続けていた。
だから、愚者にも分かった。
鳴音は死に場所を探している、と。
セージゲイズは、それを認めない。
鳴音のその感情を真っ向から否定してやると。
だが、少女は疎い。
(……あの子の本当の思いは、読み取れない)
だから、良く見える眼を欲した。
濁った瞳を眼鏡で誤魔化した。
けれど足らなかった。
ならば、どうするか?
決まっている。
「……ッ……!」
言うことを聞かない身体を無理矢理に動かして、なんとか立ち上がる。
目の前の己のエゴを否定する者相手には、速度が足らない。
己のエゴを向ける先には、深度が足らない。
そして、己の眼にそれらを欲している。
「『起源魔法』」
勝手に口が言葉を紡ぐ。
魔法少女にとっての己の象徴を、現出させるための鍵を。
「『悉皆明かす愚者の智慧』」
愚者の目で、知を以て、望む全てを明るみに。
見なければ分からない愚かな自分、その象徴が顕現する。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。




