意外な過去
(……早かった。動き始めも、動作自体も…………)
少女は喧騒の中、一人思案に耽ける。
彼女の脳内を占めるのは、先程のある人物の動きについて。
彼女よりも初動が、その後の速度が速かった。
純粋な速度もさることながら、判断能力は更に早い。
なぜ倒れ込みそうになっている人を見て、一瞬の内に倒れ込む向きなども合わせて、受け止める体勢が出来ていたのだろうか。
少女は非常に興味が湧いた。
だから、まずは試してみる。
「……あの……、結? なんで私の二の腕をそんな不思議そうな顔で揉んでいるの?」
「んんーー、お母さん、筋肉付いてる」
娘――結が不審な事を始めた。
香織は腕を揉み続けている理由が気になった。答えは返ってこなかった。
なお、件の娘は母親の意外に付いている筋肉が気になるようだ。
「伊達に主婦としてフライパン振るっている訳じゃないのよ」
「でも、お母さん右手も同じくらい筋肉付いているの、どうしてなの?」
少なくとも平日は家事を一手に担う香織は勿論、それによる筋肉も付いている。
だが、結の指摘ももっともではある。
香織の利き手は右手であり、調理中は菜箸を主に利き手で持つことが多々あるために、負荷が偏るはずである。
また、家事に於いて片手に負荷が集中するもので最も大きい負荷はフライパンだろう。(諸説あり)
香織は両腕に均等に、しっかりと筋肉が付いている。
なので、家事だけが問題ではないと、結は思考した。
「……それにしても加集さんは何か格闘技などされていたのですか?」
「明姉、どしたの急に」
親子の会話に割り込んでいくのは、少々憚られるが、明としては気になったので仕様が無い。
多少目的もあるため。
「眺野さん、どうしてそう思ったのかしら?」
現在彼女らがいるのは、元々明達が鳴音を休ませるために行こうとしていた喫茶店だ。
すぐに鳴音を座らせた所、彼女が気絶するように眠ってしまったために、その他のメンツで自己紹介や雑談で時間を潰し始めた。
一旦鳴音を休ませないと、おちおち病院にも連れていけない。
一応、本人に症状の説明を出来る限りして貰うのが、一番なのだから。
兎も角、急な明からの質問に対して、香織は不思議に思った。
「――ここへの移動中に観察させて頂いたところ、歩く際の加集さんの歩幅は一定であり、重心がぶれていなかったためです」
「……よく見てるのね。でも、格闘技の経験は残念ながら殆ど無いのよね。昔少しあって鍛えてはいるのだけれど」
それ以上の追求は嫌なのか。
答えを濁す香織であったが、彼女には伏兵がいたのだ。
「…………そう言えば、お父さんが前にお母さんは強いとかなんとか…………」
「昌継さんっ……!」
まさかの娘(+夫)からの裏切りである。
「結っち、それ言っちゃ駄目って言われた奴じゃないのっ?」
「いえ、特に言われてはいません、よ…………?」
「言ったそばから不安になっているじゃない。……と言うか、私的には結と美勇が知り合いな事に慣れないのだけど」
結としては、昌継は特に何も言っていなかったはずなので、多分問題ない。と思われるが、かなり香織の傷が深刻だ。
なお、当の香織は自分が標的で無くなった為に、ほっとしている。
正直娘には知られたくない話なので。
「――で、お母さんどういう意味なの?」
標的に戻された。
あまり語りたくはないので、誤魔化しつつ少しだけ話す他ない。
「昔、お母さん不良みたいなものだったのよ…………。その時していた喧嘩の名残ね」
「……なんか、ごめんなさい」
聞いてはいけないことを聞いてしまったかのような(実際にそうだが)、そんな娘の絞り出したような声音が一番のダメージだと、結は気が付かない。
「――んんっ、神崎さん、だったかしら? この子どう連れて帰るつもり? タクシー代位は出すわよ?」
「問題ありません。あまり離れてもいませんし、この子軽いのでおぶって帰る位訳無いので」
強引に話題を逸らす。
まあ、元々タクシー代は出すつもりだったのだが。
「本当に? こういう時に大人を頼らないでいつ頼るのよ。……まあ、車出したりは出来ないのだけれど」
加集家所有の車は一台であり、それは職場が離れていて今日も出勤の昌継が使用しており、香織と結は今日も徒歩である。
結果として、明、鳴音、美勇(途中まで)の三人はタクシーを利用することにして(香織に押し切られたとも言う)、帰路に着いたのだった。
なお、鳴音は無事目覚めたが、それ以降様子が可笑しくなったと明は仲間に語った。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。
香織さんの不良話は多分ちょっとだけやります。
次章以降に。




