制御訓練 Ⅰ
「――い」
声が聞こえる。
「――結」
意識を鎮め、魔力制御に持ちうる限りの集中力を費やしていた結は、誰か、女性の声を感知した。
閉じていた瞼を開ける。
人工明の眩しさに目が眩む。
眼前には、座り込んだ結を覗き込むように腰を屈めた明の姿があった。
「明さん、こんにちは」
「はい、こんにちは。結も訓練かしら?」
制服に身を包んだ明の手にはスポーツドリンクがあった。
訓練室に備え付けられている自動販売機にて売っているそれの存在と、先程の発言から明も結と同様に、訓練のために来たと分かる。
「訓練の前に、魔力制御の練習をしてたところですね」
「そうだったみたいね。声掛けなければ良かったかしら?」
「いえ、誰か来たら止めるつもりでしたし」
――そう。
軽く相槌を打って、付近のテーブルに荷物を纏めて置く。
明は、その間、先程の結の魔力制御を思い浮かべていた。
以前よりも落ち着いた揺らぎのない魔力の流れ。
安定性と速さの両立は出来ていないようであったが、ここで見れば大分向上してきた。
「……そろそろ、かしら…………」
結には聞こえないほどの呟き。
以前、鳴音が魔法少女になったばかりの頃、明が魔力制御の訓練として提案したもの。
当時は、鳴音が本当に新人の頃にやった為に訓練にならなかったが、後に試した限り訓練に丁度良かった方法を結に対して、試す時が来たようだ。
(……思ったよりも早かったわね…………。この子の場合、起源魔法の習得も早かったし、それも関係…………は無いわね)
起源魔法の会得に必要なのは、魔法的な素養では無いのだから、魔力制御の上達速度には基本的に関係ない。
大魔法の発動で、制御の感覚に何かブレイクスルーのようなものがあったのなら、その限りでは無いが、結局のところ、それが起源魔法である必要は無い。
まあ、良い。特に意味のない思考を切り上げる。
「――結、特別な制御訓練しましょうか」
「はい?」
過程の説明を忘れたために、結の表情は疑問符で埋まっている。勿論、脳内も。
瞬時に明は、己の失態に思い至る。
慌てたように説明を開始する。
そこに羞恥が多少なりとも混ざっていることが結にバレているとは知らないで。
「ある程度魔力制御が出来るようになってからなら、有効な制御訓練があるのよ。……それで、私の見立てだと今の結なら可能でしょうからね」
「はあ、それでどういうものなんですか?」
年上、ひいては先輩としての威厳が微妙に悲鳴を上げているのを感じながら、明は詳しく話し出す。
そのための準備として、右手を掲げて、そこに魔力塊を用意する。
魔力制御の練度によって、魔法少女に変身していない時での魔力の行使も自由度が増していく。
明ほどの使い手では、小規模なら魔法行使すら可能だ。
「この魔力塊を良く観察してみなさい」
「はい…………」
唐突なことに戸惑いながらも、結は明の魔力塊に目を向ける。
ついでに目に魔力を込める。こっちの方が物理的・魔力的視力が上がる。
「……あれ…………?」
結は、魔力塊の中に細かな隙間が大量にあることを発見した。
その様子から、言葉が無くとも、明は正解を見つけたと見た。
「魔力に隙間があるのが分かるでしょう?」
「はい。これを作る、とかですか?」
「――ふふふっ……」
結の発言がツボに入ったのか、明は心底愉快そうに笑みをこぼす。
「これを作るなら、魔法少女の上位1割にまで魔力制御を出来るようにならないとだから、違うわね」
「い、1割、ですか…………」
なんてこと無いように言ってのけ、実際に極々簡単にそれを成した明に、ちょっと引きつつ、その能力に戦慄する。
結の現状は、中の下位だ。
あまりにも遠い。
ちなみに、鳴音が魔法少女になったばかりの頃には既に、明は魔力制御に関して魔法少女トップクラスであったが、結が入った頃では五指になっていた。
「話を戻すわよ。……この魔力塊の隙間、これは私が意図的に開けたものだけど、結側と私側に一箇所ずつ穴が空いているわ。結には、その穴から穴までを魔力を通して貰う。これが訓練になるかどうかは…………、まあ、試してみれば分かるわよ」
結は魔力塊の表面を注意深く観察して漸く、明の言っていた穴を見つけた。
早速魔力を通す。
「――と、通らない…………!」
そのつもりでいた。
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