追憶を越えて
自身らを魔人同盟と名乗る膨大な魔力を保有する人型生命――魔人の存在が明らかになってから数日後、夏休み最終日であったその日に、守美子は再度子供園に来ていた。
「お母さん、私はずっとお母さんは強いだけだと思っていたよ。いえ、思い込んでいたのよ」
墓前にて、少女は誰もいない其処に声を掛ける。木漏れ日に照らされて、彼女の表情や顔色は良く分からない。
けれど、微かな笑みを浮かべている。そのように感じられる。
「でも、それは間違いだった。お母さんは強く在ろうとして、それでも強くなりきれなかった。だから、あの時泣いていたんでしょう?」
少女の脳裏に浮かぶのは、原初の光景。親子が始まった夕月夜。
弱々しく背を丸め、涙する母親の姿は今も少女の記憶に刻み付いている。
ずっと頭の片隅にあったのに、直視していなかった、出来ていなかった面影。
母と自身とを重なって見えて余計に、少女は忘れることは出来ないだろう。
「私も、お母さんも、同じだったよ。強く在ろうと、そうでなければなければならないって一人で抱え込んで傷ついて――」
風に揺られ、木の葉が鳴る。少女が飲み込んだ言葉は誰にも届くことはない。
「前に、お母さんは私の方が心が強いって言ってたわね。でも、違ったわ。さっきも言ったけれど私もお母さんも同じ。誰かに支えてもらえなければ、強くいられない」
母は、家族に。
少女は、家族と仲間に。
お互いの心の拠り所は異なるけれど、その在り方は全くの同一。
「前は、それが嫌でしょうがなかったわ。情けなくて、一人じゃ何も出来ない自分が嫌で……」
けれど、今はそれでいいと思える。
仲間がそう言ってくれたのだから。
家族が、仲間が、大切な人たちが、一緒にいてくれるから。
だから――
「大丈夫だよ、お母さん。私達がいるから。この家は私達が守っていくよ」
新たな、けれど、そのままな、誓いをここに。
少女は賑やかな家へと戻っていった。
木の葉が一枚舞い落ち、墓石の上に乗って、今度は風に乗って、そこを旅立った。
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「――セージゲイズさん、どうですか?」
人工灯に照らされて、超自然の力の結晶を睨みつける。
少女の目元を覆う眼鏡は、微かな光を漏らし続けて、数分後、空気に溶けるように消えていく。
「……間違いありません。魔人らが使用していた魔石には、術式が刻まれています」
「術式……、魔法の情報が記述されているものでしたか?」
周囲に何人もいる研究員の一人に首肯を返す。
「ですが、私は術式からの魔法発動を行っているのに対して、こちらは魔石に術式を刻むことで、術式の常時発動を可能にしています」
魔石、それは魔物の核とでも言うべき、魔力の生成や運搬用の器官。
人間に例えると、心臓と骨髄のハイブリッドが表現や役割として近い。
「街を覆う大規模結界は、魔力の結晶体である魔石を魔力に分解して発動していますが、直接術式を刻む方が効率的……」
「魔石の魔力精製能力は、大元の魔物の魔力量に依存しますので、大規模な魔法が持続的に使えるかは疑問ですが」
また他の研究員の指摘。彼の指摘は尤もだ。
実際には、魔物の魔力量が魔石の魔力精製能力に依存するので、逆ではあるが。
魔石の出力限界を超えた状態で持続的に魔法は発動出来ない。魔石自体に魔力の貯蔵能力があるにはあるが、そんなものは簡単に使い切ってしまう。
「要は、魔法の規模次第ですか。……すみません、術式の解明に付き合って頂けますか?」
「許可さえ取れれば可能です。今すぐ支部長に連絡します。……それと、こちらこそご協力の方お願い致します」
答えるのは、研究リーダーの立場にある女性。
互いに導かれるように、二人は厚い握手を交わした。
そこにいる皆の考えは、ただ一つ。
強力な魔石に術式を刻めれば、それは魔法少女の助けになるだろう、と。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。
これにて二章も終わりです。




