家族の軌跡 Ⅶ
からり、と音を立てて、ツヴァイの手元から杖が落ちる。
ツヴァイから漆黒の魔力が溢れ出す。
周囲に黒の閃光が迸り、地を抉っていく。
幸いなことに、子供園の周辺に建物は少ない。
厳密には、住宅地を少し外れたところにある小高い丘の上に子供園は位置している。
だから、建造物への心配はいらない。そう、子供園以外の。
ツヴァイの様子は、少女たちには、はっきりとは分からない。
意識は存在するのか。
そもそも生命活動は続いているのか。
たった一つを除いて、彼女たちが分かることなど無い。
そのたった一つとは――
「ガルライディア! 全力で防いで!!」
迫りくる悍ましい数、魔力量の黒弾の数々。
晴天の空を暗黒色に染め上げてなお、かの色は範囲を広げて、光を飲み込み続ける。
しかし、暗闇はある一定の範囲で止まり、その中の濃度が増していく。
その範囲とは、子供園の前方一帯。
集中している魔力量は、魔法少女二人の保有魔力の合計の数十倍にさえ昇る。
負けじと、少女たちも魔力を滾らせる。
純白が、紅が、一度大きく少女達を包み込み、瞬間的に彼女らの武装に収束する。
少女二人の魔力が一際強く輝いて、黒との衝突を開始した。
ガルライディアによる『衝撃』の連射。
一つの黒弾に当たったことで、魔弾と黒弾の両方で魔力的衝撃が発生し、それが周囲の黒弾を飲み込んでいく。
その魔弾を、『フライクーゲル』への魔力の一極集中によって、目にも留まらぬ速度で連射し続ける。
魔力的に保って、3分。
グラジオラスは純白の小太刀を両手に絶技を魅せる。
迫りくる黒弾の尽くを跳ね返していく。反射した黒弾はまた別の黒弾と衝突することで、一発たりとも背後に通すことはない。
加えて、後方2m地点に『白亜』を展開することで保険まで備えられている。
けれど、魔法少女二人の防戦は長くは続かない。
双方(特にガルライディアは)共に魔力の消耗が激しく、肉体的な疲労も蓄積されていく。
そもそもの話、ツヴァイとの戦闘の後に、自身らのそれを優に凌ぐほどの攻撃を防ぎ続けられる訳がないのだ。
段々と、押され始める。迎撃が少しずつ遅くなり、徐々に前線を下げざるも得なくなる。
「……くっ…………!」
一つの黒弾がグラジオラスの操作を離れた。反射しようとしていた位置に飛ばせず、『白亜』に叩きつけられ、障壁諸共弾け飛ぶ。
弾いた黒弾で迎撃する予定であった黒弾がグラジオラスに迫りくる。
一つ、二つ、三つ。
少しずつ、取りこぼすものが増えていく。
黒弾を防ぎきれずに、グラジオラスの周囲を抉っていく。
砂埃が舞い上がり、既のところで子供園への直撃は免れていた。均衡が崩れ始めて数分は。
遂に、一つの黒弾が子供園の外壁を毀した。
砕け散る家具。響く子どもたちの悲鳴。
絶叫と共に飛び散るものを目にして、グラジオラスは魔力を爆発させた。
「『起源魔法』ァ!!」
『断崖絶壁毀す白亜の加護』を発動しようとして、咄嗟に踏みとどまる。
今発動しようと魔力の無駄だ。
段々と被害が増す。ボロボロになっていく彼女らの家族の象徴。
不意に力が抜けた。
失いたくない。
そう思った。
無くなりつつある自身らの思い出の家。
今のままでは、家族諸共無に還る。
そんなのは嫌だ。
ガルライディアがいっそう魔力を吹き荒らし、黒弾を砕いている。
自分に襲いかかってくる黒弾をほとんど無視して、子供園とグラジオラスに向かうものを優先的に潰していく。傷つきながらも賢明に自身の背のものを守ろうとする少女の姿が、重なった。
嘗ての小さくも大きな背中に。己の憧れ、たった一人の母親に。
グラジオラスはゆっくりと立ち上がった。
先程の言葉を自棄でなく、今度は理性のもとに紡ぐ。
「『起源魔法』」
――『優しき背中は皆を包む』
今回は普段とは少し趣向を変えてみました。これ書くの割と大変でした。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。




