家族の軌跡 Ⅲ
「あれか……!」
瞬間、グラジオラスは限界以上に加速する。
見えた人影。それは、悍ましいまでの魔力を帯びている。
「――――ッッ!!」
全身の筋力を全て使い切った本気の蹴撃。
踏み込みだけで、瞬間的に時速130kmを優に超えた殺意の権化。
けれど、それは一切通じなかった。
人影は、半身になり、襲撃を躱す。
「野蛮ですわねぇ……」
人影――黒のドレスを纏った黒髪ロングの女はグラジオラスが起こした暴風に髪を靡かせながら、嘲りを含んだ口調でそう言った。
反転して、子供園を背に敵へと向き合うグラジオラス。
「何の罪も無い子ども達を襲っておいて、良く言いますね」
「あら、罪が無い?――そんなわけないじゃない。あれなんてそこにあるのが罪なのよ?」
「――ああ?」
ヤ○ザ顔負けの声がグラジオラスから出てきた。
そのタイミングで、ガルライディアはグラジオラスに合流した。
「はぁ……、これだから下賤なものは…………。仕方が無いから答えて差し上げますわ。我ら魔人の前に、人の身で立っている時点で、大罪であると知りなさい」
女が持っている漆黒の錫杖の飾りがしゃらり、と揺れる。
杖の上部に設けられた宝石らしき石が陽光を反射した。
「……魔人、先のダイバーと名乗った男のお仲間ということですか。仲間でなくとも、膨大な魔力を保有する者の総称とでも、言うべき、か……」
「あらあら、あなた中々頭がよろしいようで……。特別ですわ。今すぐそこを退けば、殺さないで差し上げますわよ」
嗜虐心、嫌悪、純粋な殺意、そのどれか、又は全てを織り交ぜた感情。
一身にそれを受けてなお、少女らは武器を手に取る。
「冗談にしては笑えませんね」
「やらせないよ?」
女は魔力を開放した。
それは、あらゆるものを飲み込み、無に還す黒。
「『流星』シャーロット。私の名を知れた幸福を胸に地に還りなさい」
黒が渦巻き、数多の塊――黒弾と化す。
一斉掃射。
真昼の空を黒色が満たした。
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「――チィッ」
漏れる舌打ち。
迫りくる針を躱して、突撃と同時に襲いかかる噛みつきを魔力弾で応戦。
「奔れぇ!」
飛来する紫電を、魔物も急激な加速を以て躱す。
両者膠着状態。
「速い……!」
「それだけなら良かったのだけど…………」
蜂型の魔物は、速い、硬い、重いの三拍子に、多大な魔力が加わって、かなりえげつない性能となっている。機動力の一切を担う羽を狙おうにも、魔物は急激な加減速などを駆使して、尽くが失敗に終わっている。
「生半可な火力じゃ羽も燃えないみたいだし、氷とか操れる魔法少女が欲しいわね」
「我らは誰も扱えぬな、それは……!」
魔法少女毎の魔法属性への適性は、魔力特性と彼女ら自身の願いによる。
セージゲイズは、『見識』の魔力と、火(熱)の願い。あいにく氷は真逆の属性だ。実戦投入は不可能。
エレクは、完全雷撃特化。他属性は殆ど使えない。
グラジオラスも、障壁と回復のみ。
強いて言うなら、魔法の適性がどこにも偏っていない(魔力の収束がしやすいだけで、属性は関係ない)ガルライディアがいるが、今は近くにいない。
結果として、火と魔力弾(衝撃)と雷でなんとかするしか無いのだ。
だが、何年も戦ってきた彼女らですら、今回の魔物程、魔法の効きづらい相手は初めてだ。
勿論、防御の堅い者の相手は日常茶飯事だが、魔物はどう見ても速度特化なのに、圧倒的な防御力を持つ。
「また魔力量のゴリ押かしらね、これは…………」
「では、敵の動きを止めねばな」
カンッ――、強かに地を打つ。
エレクが、『ケラウノス』を鳴らす。
「捕らえよ、迅雷。瞬け、紫電。そこに雷鼓を編みあげろ」
エレクの金色の瞳が、紫紺に光る。セージゲイズも、エレク自身も初の体験だ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
エレクの結界が魔物の周囲を包む。
結界と言っても、物理的な壁は無い。雷にそんな作用は無い。
けれど、その境界に入り込む者は、誰であろうと焼き尽くす。
これで、魔物の動きを一瞬だけでも封じられる。
そこに更に追い打ちが入る。
「『穿つ焔』!」
セージゲイズが持つ照射系攻撃魔法。
セージゲイズの手のひらから放たれた炎は魔物に向かって突き進んでいく。
要は、火炎放射である。
エレクは、タイミング良く、炎の通り道を形成する。
これによって、魔物は炎か、雷か、どちらに焼かれるかを選ばざるを得なくなった。
炸裂。
飛び散る粉塵と魔力。
爆発したかのように、火の粉と雷光も散る。
視界の尽くを塞いだ。
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