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つんつんツノ鬼みいつけた(中)



 つららの小さな体では、一体どれだけかかるのでしょうか。たーちゃんは、心配になって声をかけました。


「ねえ、あした、たーちゃんのさんりんしゃ、のせてあげる」

「さんりんしゃって何だい?」

「えっ、しらないの?はやいよ」


 つららは、昔の()()なので、三輪車なんて知らないのです。


「ほう、早いのかい。そしたら明日、お世話になろうかな」

「つらら、ねるとこある?」

「そこらへんで寝るさ」

「ふうん。おかしたべにくる?もうすぐおやつだよ」

「お菓子か。いいねえ」


 たーちゃんは、綺麗に洗ったプラスチックのバケツにつららを入れて、真面目な顔でおうちに帰りました。



「おかあさん、ただいま、つららだよ」


 真面目な顔のまま小さなつららを紹介するたーちゃんに、お母さんはぎょっとして動きを止めました。


「おやつなあに」

「え、そうね、きょうは桜のババロアよ」

「えー、いちごがよかったな」

「おばあちゃんがきてるのよ」

「ほんと?どこどこ?つらら、いこう!」


 たーちゃんは、おばあちゃんが何処にいるのかも聞かないで、元気に廊下を走り出しました。


 お母さんは、つららの姿が目に焼き付いて消えません。優しそうなおじさん顔ではありましたが、頭に角があり、小さいながらに逞しい筋肉のついた生き物です。

 確かに鬼の姿をしておりました。


 心配そうに眉を寄せながら、お母さんは、お台所へと引き返してゆきました。



「おばーちゃーん、どこー?」


 たーちゃんの呼び声に、奥の襖がからりと開いて、おばあちゃんが顔を出します。


「たーちゃん、元気ねえ」

「おばあちゃん、いらっしゃい!つららだよ」


 たーちゃんは、おばあちゃんにもつららを紹介いたします。


「おやまあ、これは珍しい。まだいたんだねえ」

「ばーちゃん、俺を知ってんのかい」

「いいえ、つららさんは知らないけど、つららさんのお友達なら知ってるわ」

「へえー!誰だい」

「私のおばあさんが、()の芽っていう小さな鬼さんとお友達だったの」

「木の芽!あのチビッ子か。いたずら小僧が、人里まで降りたのかい」

「ふふ、そうみたいね。おばあさんが子供の頃の話だから、私は会ったことないのよ」

「ふうん。人間は、寿命が短いからなあ」


 つららは、改めて部屋のなかを見回すと、悲しそうにため息をつきました。


「どうやら俺は、随分長いこと埋まってたみたいだぜ」



 つららの知っている小さな鬼の少年のお友達は、たーちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんです。いまつららが居るたーちゃんのお家には、見たこともない物ばかり。


 しかも、もう人里では、つららの仲間を見かけることは無いようなのです。いくらつらら達が長生きだとは言っても、泥の中で時が止まっていたとしか思えません。

 もしかしたら、山に帰っても、つららの知り合いはもう居ないかも知れません。



「ねえ。つららさん」

「うん?」

「もしお山にお仲間がいなかったら、家へいらっしゃらない?」


 おばあちゃんが、穏やかに提案します。


「おばあちゃん、ずるい!たーちゃんちがいい!」


 たーちゃんは、すかさず主張しました。


「まあ、誰かは居んだろうさ。ありがとうな」


 つららは、無理に笑ってみせました。



「さ、食べましょ」


 おばあちゃんは、気をとりなおしておやつを勧めます。

 テーブルには、桜の塩漬けがのった薄紅色のババロアがふたつ。たーちゃんのお気に入りの、若草色をした飾りの無い小さな硝子の角皿にのっています。銀のスプーンには、葉っぱの飾りがついていました。


 おばあちゃんは、お部屋の隅の茶箪笥から、桜の模様がついた黒い漆の菓子皿と、柳の模様がついた和紙の袋に入っている竹の菓子楊枝を出しました。


薄墨色の桜がついた寸胴のお猪口には、滑床の平たい急須から鮮やかな玉露を注ぎました。たーちゃんとおばあちゃんには、磨りガラスの茶器を使います。



 それから、おばあちゃんが作った刺し子のお茶托を広い座卓の端に載せると、つららをバケツから取り出しました。


「どうぞ」


 紺地に白で青海波を刺した伝統的な刺し子の柄に、つららは少し涙ぐみました。


「変わんねえもんもあるんだなあ」


 おばあちゃんが取り分けてくれたババロアの、春らしい香りを吸ったあと、つららはお行儀よくお茶托の上に座りました。

 胡座なんかじゃありませんよ。きちんと膝を揃えて背筋だってぴーんと伸ばしておりました。


「つらら、おとうさんより、おぎょうぎいいねえ」

「そうかい?」


 3人は笑って、おやつを食べ始めました。

 菓子楊枝は、つららの身長くらいありましたが、立ち上がらず器用に食べています。



「つらら、とまってくの?」


 たーちゃんは、期待を込めて聞きました。


「いや、明日また寄せてもらうよ」

「なーんだ」

「さんりんしゃ、よろしくな」

「うん、あとでみせてあげる」


 2人の会話に、おばあちゃんは驚きます。


「えっ、たーちゃん、三輪車でお山にいくの?」

「うん」

「ちょっと遠いねえ。おばあちゃんの車にしよ?」

「やっ!たーちゃんがのせてあげるの!」

「でもねえ、三輪車だと、2日くらいかかるんじゃない?」

「えーっ?」

「車なら、二時間くらいよ」

「じゃ、くるまでいいや」

「なんにせよ、頼まあ」

「つらら、くるま知ってる?」

「俵のせるやつかい?あれは荷車だったかな?」

「ちがうよー」


 話を聞くと、つららがうっかり泥に埋まる前、この辺りでは荷車すら殆んど見かけなかったようです。たーちゃんが住んでいる辺りは田んぼしかなく、車で20分程離れた、おばあちゃんが住んでいる辺りに小さな村があるだけでした。


「すげえなあ、くるま。明日楽しみだぜ!」

「でも、このめは、どうやってきたのかな」

「『鬼の(さかずき)』ってやつに乗るのさ」

「ふうん?」

「はええぞう。空飛ぶんだぜ」

「すごおい!のる!」

「わりい。さゆりちゃんには小さすぎんな」

「えー、おはなしみたいに、ぽんっておおきくならないの?」

「なんねえなあ」


 つらら達の乗り物は、どうやら大きさを変えることが出来ないようでした。たーちゃんは、残念そうにお茶を一口飲みました。



 つららが遠慮して川辺で過ごした夜は、美しい月と夜鳴く鳥たちの歌で、なかなか乙な一時でした。朝露に光る芦の新芽も、つららの新しい門出を祝福してくれている気がしました。


お読み下さりありがとうございます。

続きもよろしくお願い致します。

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