『ぬう坊』
あれから四十七年が経った。
歳を取って思い出すと、何故だか? 涙が止まらない。
それは、
底辺不良中学へ入学仕立の頃だった。
日曜日の朝、
今はもう亡くなってしまった母と歩いていた。
何処へ向っていたのか?
と言うと、
『ぬう坊』の自宅ヘ。
その『ぬう坊』とは?
彼は、
或る意味有名人だったので、
その存在は小学生の頃から知っていたけど。
中学へ入って、初めて同じクラスになった。
彼は、
クラスで二番目に背が高いので、
(つまり私の次)
座席が近かった。
彼は、
ちょうど良いサンドバッグだった。
デカいし、野球部員で体もシッカりしているので、
少々の事では、ぶっ壊れない。
安心して物理攻撃を加えられた。
『ぬう坊』を蹴ると、
彼は黙っているだけで、決して反撃して来ない。
どんな時でも、ぬ~っと立っているだけなので、
『ぬう坊』と呼ばれていた。
そして、
誰にもチクらない。
それどころか、
『ぬう坊』が言葉を喋れるのか? 誰も知らなかった。
そう。
彼が有名人なのは、知的障害者だったから。
では、
何故? その『ぬう坊』の家へ訪問するのか?
と言うと、
前日の土曜日の夜に電話が有ったから。
『二十六人』の母親から私の母へ御誘いが有った。
その『二十六人』とは?
『どうやって? 日本を衰退国へ変えたのか? 〜 教育編』の第七話で書いた、
『住民票を移動させて、父親の出身高校に通った』奴である。
彼の父親は、
その高校で初めてT大に合格した人なので、
その高校では、名士だった。
『二十六人』自身も、その事を自慢していた。
彼が、
面倒な遠距離通学を選んだ理由は、多分、それだと想う。
では、
何故? 彼を『二十六人』と呼ぶのか?
と言うと、
四十一年前、彼に最期に会った時に、
「高校三年間で二十六人の女とヤッた」
と自慢していたから。
後のBO○WYの○○とツルんでいたらしいので、
そのくらい行くか?
さて、
その『二十六人』の母親から私の母への電話の内容だが、
「私のバカ息子が『ぬう坊』君に危害を加えたので、
明日、謝りに伺います。
御宅の御子さんも『ぬう坊』君をイジメているので、一緒に謝罪に行きましょう」