勇者スアロ
――それ、はあまりに異様だった。
異質だった。
外套はボロボロに破け、汚れていた。
黒曜石のようであった見事な黒髪は見る影もなく、かつて使命と希望に燃えていた目は虚ろだった。
王城へと続く石畳を前後に王国騎士団に護衛されながら彼は歩いた。
たった一人で。
◇
『勇者、凱旋す』
その日、その報せを受け、アセナの民の盛り上がりは最高潮に達した。
神託を受け、勇者一行が魔王討伐に王都を出発して早5年。
待ちに待った瞬間であった。
定期的に届いていた勇者一行の動向も2年を越したあたりから不定期になり、ここ1年は生死すら分からぬ状況であった。
魔王の魔力の影響だという分厚い雨雲が絶えず世界を覆っており、魔王の在命だけはわかる、というのがもどかしく、人々は勇者の動向を、そしていつの日かこの分厚い雨雲が晴れる日を待ち望んでいた。
そしてついにその日は来る。
紺碧の空と共に、勇者たちが帰ってくる。
アセナの民は涙し、口々に勇者の名を叫び、我々の英雄を一目見ようと正道沿いに並んだ。
しかしー。
騎士団に護られながら歩く勇者を見て、人々は言葉を失った。
5年振りに見る勇者は………。
『…あれが……勇者…かい………?』
『………まるで…………………』
『………咎人じゃないか…。』
◇
『久しいな、スアロ』
静まり返った謁見の間に、アセナ公国国王、アセナ=ジークハイドの凛とした声が響いた。
勇者スアロは片膝をつき頭は下げてはいるが返事はない。
『ッッ!スアロ殿!いくら英雄とはいえ、失礼であろう!王の御前なるぞ!』
いまだに口を開かない勇者スアロに対して王国騎士団団長ザガンが声を荒げる。
『よい』
アセナ王はそれを軽く制すと玉座から立ち上がり歩を進めた。
そしてスアロの目の前まで来ると、そのまま床に胡座をかいて座りこんだ。
『王!な、なにを!?なりませぬ!!』
アセナ王の突然の行動にザガンをはじめ、王族貴族がざわつく。
アセナ王はそれら一切を黙殺し、ひとこと
『スアロ』
ここで初めて二人は目が合った。
『なにがあった。聞かせてくれ。』