第98話 結果報告と今後
「そうだ。借金なくなったって本当……?」
用意された食事をラファエルと2人で取っている最中、ふとイヴから報告された件を思い出した。
「正確には違うかな?」
「え…?」
「それに加えて、これからの約半年分の輸入分、タダ同然になった」
「………は?」
フォークに刺さっていた野菜がポロリとお皿に戻っていった。
………そんなにあの指紋認証…価値があったの……?
「ソフィアのアイデア凄いよね」
「………凄いのは現実にする技術と、ラファエルの交渉術だと思う……」
ホントもう私必要なくない…?
未だにラファエルの番外編は思い出せないけれど、同じように技術と交渉術で乗り切ってたんじゃないかなぁ……?
「ああ、例のソフィアに喧嘩売った令嬢のことなんだけどね」
「………? ぁぁ、アマリリスの事?」
「そうソレ」
………ソレって……
「今日サンチェス国の兵士が引き取りに来る予定」
「そうなんだ…」
「今後一切、好き勝手させないように見張るよう言ってあるから。もしまたこの国にその姿を見たら、技術提供の件を考え直すと言ってある」
………ひぃ!?
サンチェス国が脱獄を許したという失態はあるけれど、ランドルフ国がサンチェス国に助けてもらった事の方が、借りが大きいのではなくて!?
何上から目線で脅してるの!?
サンチェス国王が怒ったらどうするの!?
逆に食べ物輸入させてくれなくなったら、国民がいなくなっちゃうよ!!
「ソフィアに甘い国王だからね」
「………ソレが分からないんだけど…」
ラファエルは多分、私に危害を加えようとした女として報告してるんだろうけど…
国王に私は可愛がられた記憶がない。
常に国王――父の後ろ姿を見ることしかなかったのに。
笑顔や、まして抱き上げられた記憶さえない。
冷たい親子関係だったのに。
ランドルフ国に来て、急に戻って来いだのと言われるようになった。
婚約話も父が断ってたっていうし…
………不器用な人だったって事だろうけど…
自分が愛されているとは、実感できずにいる。
「今回の一時帰国は、サンチェス国から脱獄してきた女にソフィアがショックを受けて、戻れる状態じゃないからって見送らせられたし」
「………ぁ」
そういえば二月に一度、サンチェス国に帰って来いって言われてたんだった。
忘れてた。
………って…
「え!? 断ったの!?」
「うん。だって俺が一緒に行けないでしょ。俺がソフィア1人で行かせるわけないでしょ? いい口実出来て良かったよ。ソフィアが近くにいないなんて考えられないからね」
「………」
自分だって私を放っておいたじゃん……
仕事だから仕方ないけど。
「次の帰国の日は、逆にサンチェス国王達をこっちに来させられないかなと思ってるんだけどね」
「………ランドルフ国に……?」
「ちょうど出来そうなんだよね。温泉街」
………ぁ、そっか。
まだアイデア出して出来てないのが、温泉だったね。
ここから比較的近い場所って聞いているけれど。
どれぐらいの規模かは分からないけど、街って付いているからには比較的大きいと思う。
………またこれも、多分私が思っているより大きくなるんだろうなぁ。
「まぁ、完成具合にもよるけど。温泉に置く商品のアイデア貰っても良い?」
「あ、うん。もちろん」
ラファエルの言葉にコクンと頷く。
温泉街だからいろんな商品も置くべきだよね。
「じゃあいつでも良いから、書類作ってくれる?」
「分かった」
「それと、ナルサスのことなんだけどさ」
「ん?」
言いにくそうに視線を外すラファエル。
何か問題があったんだろうか?
話し合いは済んだんじゃ…?
「………騎士にしたいんだけど…」
「いいんじゃない?」
「え…」
「腕は良いんでしょ? 私達に付いてきてくれてた騎士を1人で倒したんだし? ラファエルの護衛も務まるでしょ。彼はラファエルと共にいたいって思ってるんだから、命がけで務めてくれるんじゃないかな」
考えながら言い、ラファエルを改めてみると唖然と見られていた。
………何?
「いや、反対しないの!?」
「何で」
「何でって……ソフィア殺されかけたんだよ!?」
「私が余計なこと言ったからね」
「騎士を殺した奴だよ!?」
ガタンとラファエルがソファーから立ち上がる。
その顔は複雑そう。
私は冷静に見返す。
「その罪滅ぼしとして、ラファエルはナルサスの騎士希望を採用したんじゃないの?」
「………ナルサスからって何で分かったの…」
「私を殺しかけた相手を自分の周り、ましてや私の近くに置きたくないと普通考えるだろうラファエルが、彼を騎士にしたいと私に言うって事は、彼から謝罪と罪の償いのためにラファエルの近くでラファエルの危険を振り払いたいと願い出た。でもラファエルは簡単に許せないし、置くとしても私の許可がないと絶対に嫌だと思う」
「………」
「複雑だけど一応私の意見を聞いておこう。でもナルサスからと言ってしまえば私の気分を害するかもしれない。だからラファエルが置きたいと思うと言葉を濁すことで私の反応を伺った。ってとこ?」
私の言葉を聞いて、ラファエルは息を吐いて座り直した。
「………そうだよ。昔馴染みっていったって、ソフィアを殺そうとしたのは許せない。多分一生。でも謝罪している相手に対して王太子としては権力で処分してしまえない。相手が罪の償いとして行いたいと言った言葉を全て無視することも。だから…」
「私――被害者の意見も聞かなければって事でしょ? 大丈夫だよ。私はそもそも、ラファエルとナルサスを何とか話し合わせようとしていたんだから」
「………ソフィアは割り切りすぎてるよ」
ラファエルはため息をついて頭を抱えてしまった。
私が承諾した以上、ナルサスは騎士としての役目を与えることになってしまったのだから。
元々私が余計なことを言ったせいだ。
ナルサスを責める気持ちは全くなかった。
ラファエル的には許せないのは分かるけど。
「ラファエルにとっての初めての友人でしょ? 大事にした方が良いよ」
………私にとっての友人はローズのみ。
今は別々の国にいるし。
ローズは平民じゃないから、この国に来てなどとは言えない。
………話せる距離にいるのに、話さないなんて勿体ないしね。
羨ましいよ。
私も、友達と話したいな……
あれから何度か心の中に――ソフィアに語りかけたことがある。
でも、ソフィアとの話なんて出来なかった。
………当たり前だよね…
私の周りには、ラファエルと影しかいない。
………たまには友人と話したいと思うことは、贅沢な望みなのだろう。
未だに苦悩しているラファエルを、そっと微笑んで眺めた。
友人と話せるラファエルに、ちょっとした嫉妬心を向けてしまうなんて、私は最低だな…
ソッと心の中で、自分に呆れたため息を吐いた。




