第89話 安心する場所
「そうと決まれば脱出よ!」
『………ふ……クスクス』
勢いよく腕を上げると、ソフィアに笑われた。
「………」
なんか、恥ずかしいんですけど…
『唯華さんはすごいわ。サンチェス国にいたときも、ランドルフ国にきたときも、そして先程も。わたくしと違って勇気があって、勇ましくて』
「………」
褒められている気がしない…
「さ、さっきは自分でも無謀だと思ったもの。………でも、ラファエルの友を、あのままにしておけないもの…」
ラファエルと話もせず、ラファエルの大事なものを壊して、ラファエルを自分の所へ引き戻そうだなんて。
『ご自分が殺されそうですのに、相手のことを思いやることができる唯華さんがすごいですと申してるのですよ?』
「………」
………うん、更に恥ずかしくなってきたぞ…
ソフィアも大概思っていることストレートに言うなぁ…
………案外ラファエルと気が合うかも…
『気が合っても、ラファエル様はわたくしには目もくれないと思いますわ。ラファエル様が大事にしているのは唯華さんですもの』
「そ、それは…」
今更ソフィアに目を向けられても困るけど…
今の私の顔に言われると、自分自身が惚気てるみたいに見えるから、顔が赤くなる…
『………そろそろあちらが騒がしくなってきましたわ』
「………ぇ?」
『唯華さんを抱いて、ラファエル様が暴れております。このままでは唯華さんが守りたかった命も失われてしまいます』
「そんな!?」
ソフィアを見ると微笑まれる。
『大丈夫ですわ。ラファエル様の声に耳を傾けてくださいな』
「耳を、傾ける……?」
『ずっと呼んでいますわ。貴女を』
………私には聞こえない声が、ソフィアに聞こえているというの?
『目を閉じて、何も考えずに耳をすませて下さい』
目を…
ゆっくりと目を閉じる。
何も考えず……耳を……
――
――――ァ
――――――ィア
………ぁ……
死ぬな!! ユイカ!!
ハッと目を開くと、目の前にラファエルが……
………いなかった。
ぽつんと一人、地下の部屋に横たわっていた。
………ぇ……
いやいやいや!!
漫画やゲームではここで彼に抱きしめられて心配そうに覗き込まれている、っていうのが定番でしょ!?
なんで寝かされてるだけなのよ!?
ラファエル、延命処置とか施してくれないの!?
人工呼吸とか、心臓マッサージとか!!
さっきのラファエルの声は何だったの!?
近くにいないのに、何故ラファエルの声が聞こえるのよ!?
それに、私を抱いて暴れているってソフィア言ったじゃない!?
あれ、嘘!?
ぎゃぁぁあぁぁぁ!!
いきなり上の階から悲鳴が聞こえた。
ドサッと重いものが倒れる音も何度も聞こえる。
………もしかして、ラファエルが暴れてる…?
ハッと周りを見渡すけど、ナルサスもいない。
彼は……無事なの!?
私は勢いよく起き上がる。
ズキリと全身に痛みが走る。
でも、関係ない。
ラファエルが暴れているなら止めないと!
どんな犯罪者でも、正当な法で裁かなければならない。
個人的な感情で、王子が人を殺してはいけない。
部屋の扉を開ける。
入ってくる前に降りてきた階段が目に入る。
そして人が走っている影も。
………人が飛んでいく姿も。
私は一歩一歩確実に、でも今出せる最速の早さで階段を登った。
最上段に到達したとき、目の前を――本当に目の前を屈強な男が飛んでいった。
「………ぇ……」
ドゴッとその男が壁にめり込んだ。
………生きているのだろうか…?
っと、それよりもラファエルは……!?
辺りを見渡すと、男達に囲まれているラファエルがいた。
………全身真っ赤に染まって……
あれ、全部人の……血……?
「………なんだよ。お前ら弱くなったな。昔はもっと手応えあっただろう。――ま、ソフィアを誘拐した時点でお前らの死は確実になったけどな」
………誰……あれ……
真っ赤に染まった剣を一振りし、付着している赤を振り払った。
顔にも付いているのに気にせず、口角を上げて冷ややかに男達を見ている。
「お前らが何しようが、国法が改正されるまでは裁けない。それが王の作った国法だったからな。だから見逃されていたに過ぎない。俺もお前らより善良な国民の命を優先させてたしな」
「んだと? 俺らに育てて貰ったようなお前が、俺達を見捨てていたという訳か!?」
「ああ。俺は王子だ。国の民の命を握っているんだ。人に迷惑を掛ける民と、堅実に生きている民と、どちらが優先されるかなど考えるまでもない」
「ふざけるな! 平民の血が流れる不純物混じり王子が何を偉そうに言ってやがる! お前だって俺らと同じように盗みをやっていたくせに!!」
「ああ。生きるためにな。それを隠すつもりはない。けれど俺は王太子になった。過去は変わらないが未来は変わる。変えることが出来る――だが」
ラファエルは口元の笑みを消した。
「お前らを見逃すことは出来ない。俺は大事な者を奪われて、大人しくしていることなど出来ない。彼女は俺の宝だ。どうしようもない俺も含めて彼女は俺を愛してくれた。まるごと受け入れてくれた。過去に罪を犯した俺も、平民の血が流れている俺も、王子としての俺も――そして、ランドルフ国王族が犯した罪の代償も! 全てあの小さい体で受け入れ、改国してくれているんだ! そんな彼女を俺から引き離したお前らを、怪我をさせたお前らを、命を奪ったお前らを! 俺は生かしておけない!!」
………ラファエル……
胸が熱くなる。
私のために怒ってくれている彼が……物凄く愛おしい……
………って!!
違うわ!
止めないと!!
っていうか、ラファエル?
私を勝手に殺さないで!!
ラファエルが剣を構えた。
「―――って……」
ぁ!?
声が枯れてる!
これじゃ、止められない!
どうしよ!?
ラファエルは男達に囲まれているから、割り込めないし!!
ふと天井が目に入った。
そして隙間から光る目も。
私は痛む腕を動かして、天井に人差し指だけを伸ばして光る目に向ける。
そして次はラファエルを指差し、ぐるりと円を書くように回した。
次の瞬間、天井から縄が四方に飛び散り、ラファエルを囲んでいた男達全て拘束された。
「………ぁ?」
冷ややかな視線を向けていたラファエルの雰囲気が、一瞬の間を置いていつものラファエルに戻っていた。
ぱちくりと瞬きをするラファエルは、なんだか可愛い。
何度か瞬きを繰り返していたけれど、バチッとラファエルと目が合った。
「……ユ…イカ……?」
………ぁ、そっちの名前で呼ぶんだ……
ちょっとビックリしたけど、嬉しかった。
外では呼ばないで欲しいけど、ソフィアとさっき出会ってしまったからラファエルがソフィアではなく、私を呼んでくれたことが。
「……ラ………エル……」
片手は壁から手を離せないけど、私はライトに指示した腕をラファエルに伸ばした。
パッとラファエルが掛けだし、私を思いっきり抱きしめてくれた。
私はまたこの腕に抱きしめられることが出来る。
それがなによりも安心できた。
私はラファエルの体温に安堵し、ゆっくりと体の力を抜いて目を閉じた。




