第88話 もう一人の
「………ここ、は……?」
気づくと私は真っ白な空間に座り込んでいた。
確か私はナルサスに首を絞められて――
「………まさか………死んだ、の……?」
………マジで……?
右を見ても左を見ても、何もない。
「………はぁ…」
体から力が抜ける。
………どうしよ…
ラファエルを1人にしてしまう。
あんな状況で私が死んでいるのを見たら……暴走するよね……?
………しない、なんて確信できない。
だって、ラファエルは私を愛してくれてるもの…
「………帰らなきゃ……」
そう思うものの、ここからどうやって現実に戻れるかなんて、さっぱり分からない。
何もないところで、ただ私だけがいるだけ。
ずっと歩いて行けば、いつかたどり着けるのかな……
………うん、取りあえずやってみよう。
座っていたけれど、立ち上がる。
『………よかった。まだ諦めてないのね』
「!?」
いきなり聞こえてきた声に、私は飛び上がって背後を見た。
「………ぇ……」
『初めまして。進藤唯華さん』
「………ソフィア・サンチェス……」
ソコには今の私が――モブ王女がいた。
そして気づく。
視界の端に映った、私自身の髪の長さに。
短い。
ソフィアに生まれ変わってから、髪など整えるだけでバッサリと切ることはなかった。
………ということは…
自分を見下ろすと、学生服だった。
――思い出した。
前世の私は、16歳で命を落とした。
学校からの帰り道、凍っていた地面にハンドルを取られた車が私に向かってぶつかってきた。
そしてそのまま私は生を終えたのだ。
………16……
だから16のソフィアの器に入ったのだろうか……?
………でも、私にはちゃんとソフィアとして、物心ついたときから今までの記憶があるのに……
『それについては、わたくしが幼い頃に死んだからだと思いますわ』
「………え!?」
『わたくしが物心ついた時、庭園で遊んでいて滑って転んで頭打ったの』
「………」
………ドジっ子なの……?
ま、まぁ…子供はよく走って転ぶし……
よくあるある…?
『その時に貴女がわたくしの中に入ってきたの。そして貴女はわたくしの主人格に。わたくしは自分の中で眠りについた。多分、貴女が生きる為にわたくしの命を使っているのだと思いますわ』
「………死んだって言ってるのに、矛盾してない…?」
『貴女が生きるはずだった命も加算されて、って解釈をわたくしはしているわ』
「………はぁ…」
………それにしても……
私が演じていたソフィアに似ても似つかない……
目の前に立っているソフィアは……THEお姫様って感じなんですけど!!
雰囲気も柔らかいし、普通の顔なのに穏やかな表情をしているから可愛く見えるんですけど!!
私、滅茶苦茶罪悪感が!!
私が王女ですみません!!
『そんな事ないわ。唯華さんがわたくしになってくださってとても嬉しいですわ。わたくしではラファエル様の目に止まることもなかったでしょうし、監禁などされれば怯えて何も出来ず、ランドルフ国を立て直す提案などとても出来ませんでしたわ』
「………心を読まないでもらえる……?」
『すみません。わたくしは貴女。考えていることも全て伝わってくるのです』
………自分に隠し事できないって事ね…
目の前にいるのに不思議なことだ…
「………主人格になりたいと思わないわけ…?」
『思いませんわ』
「………なんで…?」
『わたくしは貴女。貴女はわたくし。なんですわ』
「………他人じゃない、ってこと……?」
私が言うと、ニッコリ微笑まれる。
………ぐっ……可愛い……
こ、この可愛さなら手を合わせて首傾げおねだり攻撃、上手くいくのかしら…
………出来る気がしないけどね!!
『貴女の世界では“二重人格”と呼ばれているようなもの、と思っておけばいいと思います。わたくしは、わたくしの中から貴女の物語を読んでいる最中なのです。わたくしの楽しみを奪わないでくださいな』
「………」
ジッとソフィアを観察するけれど、嘘は見えない。
『なによりわたくしは、王女という立場を貫くことしか出来ないのです。唯華さんのように、王女と平民の感情を切り替えることなど出来ません。わたくしが表に出てラファエル様と過ごしたとして……恐らく唯華さんと過ごしているような、楽しい毎日にはならないでしょう』
「………ソフィア……」
『唯華さんに出会うまで、わたくしは王女教育で身も心も王女として教育されていましたわ。庭園で遊ぶ時さえ、おしとやかに、優雅に』
………そんなの、楽しくないな……
『そうしていても転んでしまったのですから、そそっかしい面はあるのでしょうけれど』
苦笑する姿も、王女様だな……
『唯華さん。これからもわたくしを魅力的な女の子にしてくださいませ』
「………はい?」
『子供の時に読んだ物語。王子様と結ばれ幸せな結婚をする。幼い頃からの憧れを、わたくしに与えてはくれませんか? わたくしの体を使って』
「………それは……」
『勿論叶えてくれたからといって、唯華さんからラファエル様を奪おうとは思ってはおりません。そもそも、表にわたくしが出る事は不可能でしょう。ただ、自分が幸せな結婚が出来るという希望が欲しいのです。わたくしの意識が消えない理由はそこなのです』
………ん?
ちょっと待って……
「意識が消えない……それって、未練って事……?」
『はい』
「………じゃあラファエルと結婚したらソフィアは……」
『消えるでしょう』
「そんな!?」
『大丈夫です。唯華さんの命は消えませんから』
「そうじゃないわよ! ソフィアの体を乗っ取って私が存在しているのに、ソフィアが消えるなんてあっちゃダメでしょ!!」
私の言葉にソフィアは目を見開いたと思ったら、また微笑んだ。
………なんで…
『わたくしはもう死んだ人間ですわ。けれど、唯華さんがわたくしになってくださった。そしてわたくしが憧れた王子様に愛され、共に生きてくださっている。こんなに幸せな事はありませんわ。わたくしは幸せなのです』
とても綺麗な笑顔だった。
眩しいほどに。
………私は、自分の思うままに行動してただけなのに。
なのになんでそんなに……
「………だったら…」
『え?』
「だったらこれからもずっと見ててよ!」
『唯華さん……』
「これからまだまだいろんな事あるよ! 結婚したら物語が終わるんじゃないわよ! 私とソフィアの物語は、私が死ぬまで続くんだから! 最後まで見なきゃ勿体ないでしょ!?」
ソフィアの腕を掴んで叫んだ。
ソフィアは目を見開いていたけれど、ポロリと綺麗な涙を一筋流した。
そして涙を流したまま、対面してから一番の笑顔を見せてくれた。
私がソフィアの体を奪っちゃったんなら、私がちゃんと生きなければ。
そしてソフィアの憧れを、やりたかったことを実行するんだ。
そうじゃなきゃ、第二の人生をくれたソフィアに申し訳ないもの。
私は新たな決意を胸に刻んだ。
 




