第86話 疑う要素はどこにもない
ドンッと背中を押され、私は古ぼけた家の地下にあった小部屋に入れられた。
手は後ろ手に縛られ、動きにくい。
背中を押された勢いが止まり、どうにか立ち止まれた。
ゆっくりと入り口の方を見ると、私を捕まえた男達の間から、ナルサスと呼ばれていた男が入ってくる。
「悪いがラファエルが条件をクリアするまでここにいてもらう」
「………あ、そ」
「口悪ぃなお前」
「王家に刃向かう者に、丁寧口調で話すとでも?」
「それはそうだが、普通の王女は丁寧口調で怯えるもんだろ」
私を型に当てはめないで欲しいんだけどね。
「敬意を払うべき相手じゃないのに、私が敬語で話す必要があるのかしら」
「いや、そうでなくてよ。自分に危害を加えられると思わないのかよ」
「思わないわね。これが美女とか可憐な乙女なら、襲われる危険があるけれど。貴方達は私を醜いと思っている」
「………」
自分で言うのか、と男達の顔が呆れていた。
………いいもん!!
ラファエルが可愛いと言ってくれているから!!
ラファエルの言葉だけを信じろと言われてるから!!
決して悲しくないもん!!
「“貧相な女”“そんな女”とキッパリと言った貴方が、ラファエルに“趣味が悪い”と言った貴方が、自分は勿論、仲間に命令して私を汚すなど出来ないでしょう? もし少しでも私に触れれば、自分の言葉を撤回させることになるし、なにより」
「………なんだよ」
「アンタも“こんな女”に手を出す男。“趣味悪い男”のお仲間。つまり、ラファエルを完全にキレさせることになるものねぇ? ラファエルは私に手を出した男を生かしておく訳ないもの」
「………クソが」
生意気な口をきいて相手を怒らせることになっても、絶対に私に触れさせない。
私はもうラファエルのモノだもの。
体に傷一つ付けてたまるもんですか!
理屈で相手を遠ざけてやる。
「ま、貴方が出した条件が成されなくても良いなら、覚悟して私に危害を加える事ね」
「不細工の上に生意気な女だ! 本当に何故こんな女にラファエルが惹かれたのか全く分からん!!」
………それには同意する。
私も未だにラファエルのツボが分からないのだ。
これかな? と思ったら、え…そっち? ってなるときが多々ある。
平民の私を好きになってくれている事だけは間違いないけれど。
「フン。まぁいい。最初からお前に興味ないしな。ただラファエルの弱点がお前だったってだけだ。俺達の条件が成されるならそれでいいんだよ」
「なら、ここから出て行ってくれるかしら。1日中歩き回って疲れたから休みたいんですけど」
「はっ。この状況で寝られるとはな。つくづくお前はシラケさせる天才だな」
「どうも」
ナルサスは仲間と共に部屋を出て行った。
ドアを閉める前に非情な言葉を投げかけてから。
完全に足音が聞こえなくなってから、私はフラつきながらも壁に寄りかかった。
「………怖かった…」
ズルズルと体を壁に擦りつけながら、床に座り込んだ。
「………ばぁか。こんな状況で寝られるわけないっしょ」
一刻も早く立ち去って欲しかった。
自分に他人にとっての魅力などあるはずもないと、思っていても。
女1人に男3人。
怖くないわけないでしょ。
ラファエルがいないのに。
でも、震えなど、怯えなど、見せられない。
私は王女なのだから。
ラファエルの隣に立つのだから。
彼の統率する予定の民に、私が格下だと思われてしまうことは避けなければならない。
「………はぁ……」
ひとまずは退けられたけど…
『悪ぃがここに備蓄はない。俺達の収入源がラファエルが兄王子達を追放してから無くなったからな。お前に食わせる飯も水もねぇ』
ニヤつきながら去って行ったナルサス。
私に食べさせる分の備蓄はあったのだろう。
でも、私が生意気なことを言ったから反撃したということだろう。
期限は7日。
その間に、ラファエルが彼の突きつけた条件を満たさなければ、私がどうなるか分からないけれど…
その前に私は餓死するな。
人は3日以上食事をしないと命の危険がある。
水があれば1週間は大丈夫らしいけど。
水も与えられないから、タイムリミットは早くて3日か。
やってしまった感は否めないけれど。
そもそも、ラファエルに出された条件を、ラファエルがやるとは限らない。
むしろ、彼の嫌う“民が苦しむ悪事”に手を染めているナルサス達の言うことを聞くはずもない。
なにより…
「………自惚れじゃなく、ラファエルは私を攫った相手を許すわけないものね…」
彼の与えてくれる愛情は、一般的に知られている愛より断然深く、そして重い。
私自身でさえ、ラファエルから離れることを許されていない。
それなのに…
「………他人に無理矢理離されたんだもの。今頃怒ってるだろうなぁ…」
私も救出された後、暫くどうなるか分からないなぁ…
「はっ!! もしかしてとうとう部屋に繋がれるんだろうか!?」
首輪は嫌よ!?
「………姫、何を一人で騒いでるんですか」
独り言言ってたら第三者の声が。
上を見ると天井にライトがいた。
どうやら無事に追ってきてくれたらしい。
屋内だから天井あるし、合流できて良かったわ。
「ライト。カゲロウは?」
「婚約者様についてます」
「そう。出された条件は?」
「一.毎月輸入している食物の横流し
一.収益の一部を横流し
一.国境通過の許可状の発行
一.犯罪の見逃し」
「バカなの!?」
そんな条件受け入れられるわけ無いでしょうが!!
特に最後の!!
いくら国政が今までいい加減だったからって、これから国を立て直す為の国政は、治安の維持がなによりも最優先事項なのよ!?
自分たちが悪さをして稼いでたからって!!
良民を脅かす存在を見逃すわけ無いでしょ!!
まともに働けよ!!
ラファエルを見習いなさい!!
イタズラして見逃して貰える年齢はとっくに過ぎてるでしょうが!!
なにより、他人を犠牲にして自分たちが生き残る為の一方的な条件を、ラファエルが許せるわけ無いでしょうが!!
「ですね」
「………ぇ……また口に出してた?」
「はい。もう少し声を落とさないと、いくら地下といえども上に聞こえます」
「………ゴメンナサイ…」
「………」
「? 何?」
ライトにジッと見下ろされ、私は首を傾げる。
「………思ってた以上に、と言うか…元気ですね姫…」
「何よ。メソメソしてたらいいわけ?」
「姫がメソメソ…」
「似合わないって言いたいんでしょ! 分かってるわよ! 最近しょっちゅう涙出ちゃって私が驚きよ」
ホント、ラファエルといると私は普通の女の子になっちゃうのよね…
嫌じゃないけど、王女の私が作れなくなるから弱くなってはいけない。
けれど……
ラファエルの傍にいると、本来の私でいられる。
いさせてくれる。
だから――
「ラファエルを信じない、なんて言葉は私の中にはないのよ」
「姫…」
「疑うことなくラファエルは正しいことをしてくれる。それでいて私を助けに来てくれる。だから、私はラファエルに恥じないようにいなければいけないのよ」
「………それで、あの啖呵ですか」
「不安要素は何一つないのよ。だって、ラファエルだもの」
その一言にライトは笑みを浮かべ、ソッと天井の板を元に戻した。
食べ物と水は用意してくれるだろう。
これで餓死の心配は無い。
後は、ラファエルの準備が整うのを待てばいい。
私はソッと瞼を閉じ、その時を待った。