第85話 やっぱり最後まで平和ではいられない
ガタンッ!
「ひゃぁ!?」
「ソフィア!」
馬車が大きく揺れ、私は体勢を崩した。
ラファエルがすぐに私の体を支え、抱きしめてくれる。
「大丈夫?」
「う、うん……一体何が……」
外から騎士達の声が聞こえる。
慌てた声。
叫び声。
金属のぶつかり合う音。
「………」
ラファエルの顔が険しくなり、馬車の座席の下に隠していた剣をその手に取った。
………座席の下になんで剣を隠しているのか、そっちにも驚きだけど…
「………襲われてるのね」
「………そうだね。ソフィアは絶対動かないでよ。絶対守るから」
「うん…」
ラファエルが右手に剣を持ち、左腕で私の背を抱く。
私の心臓はドクドクと緊張から早く脈打っていたけれど、力強いラファエルの腕に包まれているから恐怖はなかった。
馬車の中から様子を伺っていると、ドサッという音を最後に騒音が聞こえなくなり、周りが一瞬静かになった。
『………乗っているんだろ? 出てこいよ』
「………ナルサスか」
「………ぇ」
「………どうやら、俺が知っている組織ではなくなったようだな。――信じたくなかったけどな」
その言葉は、組織が手を染めている悪事の件を知っていたと言っている。
………馬車に乗っているのが王族と知っていて襲う。
貴族相手でも、王族相手でも、強奪などの行為をしていると推察される。
知っていて放置していたのだろうか?
………だとしたら、ラファエルは良い統治者とは――
「………酒場の店主に数日前にチラッと密告されたんだ。その件を詳しく聞こうとして行った日にあの平民に言い寄られて今に至る」
「………ぇ」
ラファエルが小声で囁いてきた言葉に、私はラファエルを見上げる。
表情だけで私の考えを読んだのだろうか?
………恐るべしラファエル…
「………放置してたわけじゃないから。詳しく調べようとした矢先、これだよ。後手後手だな…俺……こんな事ならさっさと影を動かすんだった…アイツらに気づかれないように立ち回ってたら先越された」
悔しそうにするラファエルの、剣を持っている手を握った。
震えているのは、自分の不甲斐なさのせいだろうか?
ハッと私を見てくるラファエルに微笑む。
「何事も下準備は必要だよ。ラファエルは間違ってなかったよ。ごめんね。ずっと前から知ってた情報かと思っちゃって……ちょっとラファエルのこと心配になって……」
「あ、ソフィアを責めてたわけじゃないんだよ? 俺の不甲斐なさというか、要領の悪さを悔やんだだけだから」
「ラファエル…」
『おい! 聞こえてるだろ! さっさと出てこいラファエル!!』
「「………ぁ…」」
2人揃って今の状況を忘れていた。
顔を見合わせた後、ラファエルが私の唇に自分のを重ね、そして私から手を離して1人で馬車から出て行った。
………こんな時、心底思う。
私に戦う力があれば…と。
ライトとカゲロウは近くにいるだろうか。
馬車の屋根に堂々と乗っているわけにはいかないから、近くに忍んでいると思うけど…
今の場所は何処?
野外で天井なんてあるわけないから、上から一斉に縄掛けなど出来るはずもないし…
『………騎士が全滅か』
『手練れの騎士がいねぇじゃねぇか。どうなってんだよ王家の護衛はよぉ』
『改国の途中なんだよ。お前のせいで騎士の教育最初からじゃねぇか』
『くくっ。兄達を陥れるから手練れがいなくなるんだろうが。お前の失敗だぜ?』
『あのままなら国自体がなくなる。国を沈めろというのか?』
『少なくとも、俺達は今より前の方がメシに困らなかったぜ』
『なるほど。やはり兄達と繋がってたんだな。お前』
外の会話に耳を澄ませて状況を探る。
でも、周りも探っていた。
自分の手足が近くにいないか、と。
だから気づけた。
ラファエルが出て行ったドアの反対側。
私の後方のドアが開くのを。
ゆっくり振り返ると、剣を持った男が2人いた。
ナルサスと呼ばれていた男とは違う。
柄の悪さが顔で分かる厳つい男達。
クイッと顎で外に出ろと示される。
剣を向けられながら。
私は大人しく外に出た。
私がラファエルの方向のドアを開けて、外に出てラファエルに助けを求める声を上げるより、彼らの剣が私に到達する方が断然早い。
「ナルサス! こっちはいいぞ」
「おう」
「なっ!? ソフィア!」
「………ごめん、ラファエル…」
ラファエル達の方に連れて行かれた。
首筋に剣を突きつけられながら。
ラファエルが目を見開き、ナルサスを睨みつける。
「お前っ…!!」
「あんな女でも、お前の弱点なんだろ? 大人しくしないと、女がどうなっても知らないぜ?」
「クソがっ!」
ラファエルの足手まといになってしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「俺が出す条件が達成されれば返してやるよ。ほら」
ナルサスが紙をラファエルに押しつけた。
あれに条件が書かれてあるのだろう。
………私がこんな事になってなければ…ラファエルはキッパリ断れただろうに…
「7日以内だ。出来なければ女がどうなっても知らないからな」
ドゴッとラファエルの腹部にナルサスの蹴りが入った。
「ごほっ……!」
「ラファエル!」
「せいぜい頑張りな」
「ぐっ……ソ、フィア…」
膝をついてお腹を押さえながらも、痛みに顔を歪めながらも、ラファエルは私を見ていた。
私は駆け寄りたいのを我慢して、男に引っ張られるがまま、その場を去った。
無理をしてラファエルに駆け寄ったところで、私が足手まといなのは変わりない。
ラファエルは私が傷つくことをなによりも嫌う。
私が傷つく覚悟でラファエルの元に行けば、逆にラファエルの負担になる。
グッと我慢して、私は前を向いた。
大丈夫。
ラファエルは必ず私を助けてくれる。
そう信じて。




