第84話 今日最後の時間
「す、ごい……」
ラファエルが私を連れてきてくれたのは、ランドルフ国が一望できる所だった。
高所にある平原。
国の中心にある王宮は勿論、城下や周辺の町や村も遠目ながら見えた。
そして、例の火山も遠くに見える。
「白くなっているところが熱湯が通っていない雪が積もっている場所。でももう半分もないでしょ?」
「うん……」
「この国で緑が溢れるなんて事あり得なかった。民が寒さで命を落とすこともなくなるだろう。ソフィアのおかげだ」
「そんな事…」
「民が餓死することもなくなった。だから、本当に感謝しているんだ」
もうすぐ夕日が沈む時間。
夕日がラファエルの顔をオレンジ色に染める。
その姿が、格好よくて…
でも、少し遠い人に見えた。
そっと繋いでいた手に力を込めると、ラファエルは景色に向けていた視線を私に向けてくる。
たったそれだけなのに、ラファエルが私の隣に戻ってきたと安堵する。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
私が微笑むと、ラファエルも微笑む。
「夕日に染まっているソフィアは魅力的だな」
「………へ!?」
「いつもより大人に見えて、綺麗だ」
至近距離で言われ、私は顔がカァッと赤くなるのを感じた。
綺麗だなんて…
いつもラファエルは私を可愛いとしか言わなかったのに…
「………やっぱ無し。さっきの言葉取り消し!」
「………」
即撤回された。
今の私の顔に効果音を付けるなら“がーん”かしら…
背景があったら真っ黒な…
それとも“ゴンッ”かしら…
漫画だったら石が頭に降ってくるって感じ…
「………だ、だよね…」
ラファエルに撤回されるとヘコむ。
あの男に馬鹿にされた以上に。
せっかくのデートなのに……
ショック大きい…
「え? ソフィア?」
「わ、私はやっぱり普通だから、綺麗だなんてあり得ないよね! あ、はは…」
繋いでない方の手を後頭部に当てながら、私は精一杯笑顔を作った。
「あ!? ち、違う! ごめん! そういう意味じゃ!」
「いいの! 自覚あるから!」
………ぁ…
泣きそう…
ダメだよ。
今日はデートなんだから、泣いたらダメ。
「そうじゃないって!!」
ラファエルが私を抱きしめてくる。
その衝撃で涙が出そうになったけど、堪える。
「いつも可愛いし、綺麗だと思ってた! でも、綺麗って言っちゃったら歯止め効かなくなるし、言わないようにしてたんだけど……今日のソフィア、本当に楽しそうで、本当にいつも以上に綺麗だったから…」
「………っ」
さっきの比ではないほどに顔が赤くなるのを感じた。
本当に、ラファエルは私の想像を超えてくる。
考えてもいなかった事を恥ずかし気もなく言うから…
「本当に綺麗だよ。ソフィア…」
「やっ……も、もういい、から……」
「ダメだよ。ソフィアは自分のこと自覚してるって言ったよね? でも、してないでしょ。俺がいつも言ってる可愛いって言葉を信じていない」
「……そ…れは……」
「さっきも貶されてるのに、気にしてないって言って」
「ぁ……」
ラファエルに顔を上げさせられる。
「………ヘコんでたクセに…」
「………!」
気づかれていたんだ…
どうしてそういう所ばっかり気づくんだろう…
私は返せるのだろうか。
彼の事を、気づいて、受け止めて、救うことが出来るのだろうか…?
「他の男の言葉に耳を傾けないで。俺の言葉だけ受け入れて、信じて」
「………ラファエル…」
「ソフィアは可愛くて、綺麗で。俺の唯一の姫なんだから。俺が愛している唯一の女なんだから。この世の誰よりも美しい人なんだよ」
そっとラファエルに口づけられた。
私はそれを受け入れる。
彼が私を望んでいる。
私も彼を望んでいる。
分かっていたけれど、私は彼を疑った。
それをこれからも罪悪感としてずっと胸の奥底で燻り続けるだろう。
だから、私は彼の言葉を罪悪感の上に積み、決して彼をこれから疑わないようにしようと決意した。
「ユイカ…愛している」
「………!!」
唇が離れ、耳元でソッと囁かれた。
パッと耳を押さえると、ラファエルはイタズラが成功した子供のような、無邪気な顔をしていた。
この場所が彼をリラックスさせたのだろうか?
「そ、その名前は出さないで!」
「出さなきゃ疑うでしょ」
「うぅ……」
「さ、帰ろうか」
楽しそうに笑って私の手を引くラファエルに、私はむくれながらついて行った。
馬車での帰り道も、ずっと楽しそうにしているから、私も途中からおかしくなって笑った。
ぎゃぁぁぁああぁぁあ!!
………騎士の叫び声が響くまでは――




