第79話 どちらを選ぶ?
ラファエルに姫抱きされたまま部屋に戻ってきた。
そしてそのままソファーにゆっくり下ろされる。
「何か飲む? 叫んで喉渇いてるんじゃない?」
「大丈夫」
私は首を横に振った。
「そっか。ごめんね?」
「………ぇ?」
何でいきなり謝られるの?
「ソフィアの秘密を知ってしまって」
ハッとラファエルを見る。
ラファエルは微笑んでいた。
隠し事をしていた私を責めるつもりはないみたい。
前に隠し事はいいって言ってたから?
でも、本当は聞きたかったはず。
「言いたくなかったんでしょ」
「………『出来れば、知られたくなかった』って程度でしかないけど。私はソフィア・サンチェス。それは間違ってない。でも、レオナルドの学園卒業パーティで、私は今の私になる前の私――前世の記憶を取り戻した……っというか、思い出した、だけど」
「へぇ」
「前世は平民だったの。だから王女としての“ソフィア”と、平民の“私”が同じ体にいるというより、平民の私がソフィアの意識を乗っ取って存在している、って表現が一番感覚的には合ってると思う。思い出してから段々と私の意識が強くなって…今は昔がどうだったかは強く思い出さないと霧がかってるようで…」
魂が同じなんだろうから、ソフィアの記憶…過ごしてきていた時間は私の中に確かにある。
でも、私であって私ではない。
今はそう思ってしまうように、別人だったんじゃないかって思う。
確かに16までの記憶はあるのだから、同一人物に変わりはないのに。
アマリリスと対峙して言い合った時に、この考えが突如として芽生えてしまった。
心の中に…ソフィアに対して謝ったりとかしちゃったし。
ホント、どうしたんだろうね…私……
…仮に……もし、ソフィアが表に出てきたら、私は消えてしまうかもしれない。
ソッと私は瞼を伏せた。
………ラファエルとお別れしなければならないかもしれない。
ラファエルがソフィアを望むのなら、私は身を引くけれど。
元々この世に存在していないはずの私だから、ラファエルは本当のソフィアと一緒になるのが当然だ。
ズキズキ痛む胸に気づかないフリをして、私は笑みを浮かべた。
「………“サンチェス国第二王子の卒業パーティ”で?」
「………ぁ、うん」
「そう。俺が惚れたのは、今のソフィアになる前のソフィアだったんだ」
ラファエルにハッキリ言われ、心臓が押しつぶされたように痛んだ。
「………ごめんなさい…」
やっぱり、思うよね。
私には愛される理由がなく、ラファエルはソフィアを取り戻したいと思うだろう。
口にして分かった。
私はこうなるから、ラファエルに言いたくなかったのだと。
アイデアの案が何処から来たのかとか聞かれたら困る、とかそういうのは口実に過ぎなかった。
信じてくれないだろうとか思っていたのも。
本当に言いたくなかった理由を覆い隠す表の理由。
「本当のソフィアを取り戻すために、がんば――」
私の言葉は遮られた。
ラファエルの唇によって。
重なった温もりに、乱されていた心音が段々穏やかになっていく。
………って、私、何安心しているのだろう。
期待しちゃダメだって。
だって、ラファエルが好きなのは――
「頑張らなくていいよ」
唇が離れた後、最初に言われたのは私が想像していた言葉ではなかった。
「………ぇ、でも……ラファエルが好きなのは…」
「俺が好きなのはソフィアだよ。前のソフィアも今のソフィアも同じソフィアでしょ」
「………お、なじ……」
「王女のソフィアの時は王族としての行動を見ていた。城下の時は民に混じって楽しそうなソフィアを見た。俺は好きになったのはどっちのソフィアもいたからだ。だから、俺は今のソフィアを離す気はないよ」
「ラファエル…」
「多分、今のソフィアがいなくなったら、俺はソフィアから興味無くすと思うよ」
「え……!?」
ラファエルの言葉に、私は驚きラファエルを凝視してしまう。
「確かに学生の時にソフィアを好きになったけど」
ソッとラファエルに引き寄せられる。
「俺は今のソフィアに毎日惚れ直している」
「ほ――!?」
近い距離で微笑まれながら甘く囁かれた。
カァッと顔が熱くなっていく。
「俺が毎日惚れ直しているソフィアはどっちのソフィアかな?」
「っ…!」
「ふふっ」
「か、からかってるでしょ!?」
嬉しそうに笑われ、あわあわしている私がバカみたいじゃない!
「からかってないよ。ソフィアが顔赤くしてるから可愛くて」
「っ……」
「で? どっちのソフィア?」
「………わ、たし……です……」
あのパーティから――ラファエルの婚約者になってから、ずっと私だ。
王女としてのソフィアはいないまま。
私がずっと演じてきた。
「でしょ? だから、俺から奪わないでよ? 今のソフィアを」
「………王女でなくていいの? 私は、王族というより平民に近い性格だし…」
「関係ないよ。王女の時はちゃんと王女演じてくれてるし、民のことも考えてくれている。むしろ、今のソフィアの方が俺好みって言ったでしょ。俺の言葉だけ信じていなよ。俺は毎日ソフィアを愛しているのだから」
「………ラファエル……っ」
私の瞳から涙が溢れた。
「不安になれば俺に聞いて。怯えなくていいよ。怖がらなくていい。ちゃんと答えるから。俺はお前が好きなのだと」
「…わ…たし…も……大好き……」
「ホント?」
「ん…」
聞き返されて恥ずかしいけど、コクンと頷く。
「ありがと」
ラファエルが嬉しそうに腕に力を入れ、私はソッとラファエルの肩に頭を乗せた。
「やっぱり平民王子には、平民王女が合ってるんだよ」
クスクスと楽しそうに笑うラファエルに、つられて笑う。
「ブラックラファエルさんは感情が最近露骨に出てるしね…」
「………あ!」
いきなりガバッと肩を押さえられて引き離された。
「ど、どうした、の?」
「………俺、出してた?」
「………ぇ、何を…?」
「………昔の…口調…」
………今更何を言ってるのだろうか…?
「さ、最近は割と……さっきもアマリリスに対して出してた、よ?」
そう言うと一気に真っ青になっていくラファエル。
どうしたのだろう…
「ひ、引いてない!? 嫌いになる!?」
「え!? ひ、引かないし嫌いになんてならないけど…」
「ホント!?」
「う、うん…」
コクンと頷くと、ラファエルは息を吐いて私に寄りかかってくる。
「よ、良かった…」
不安だったんだ…?
最近は頻繁だったけど、結構最初から時々出てたのに。
無意識だったのかな?
………なんか、嬉しいかも。
抜けているラファエルって言えばいいのかしら?
そんなラファエルも可愛い。
笑ってしまい、ラファエルが怪訝そうに見上げてくる。
「どんなラファエルでも、好きだから大丈夫だよ」
「っ…!」
笑って言えば、ラファエルが途端に顔を赤くした。
………ぇ……なんか変なこと……あ!
ラファエルと同じく私も顔を赤くしてしまう。
見られたくなくて顔を手で覆ったけど、外されてしまう。
「………だから、ソフィアはたまに反則なんだよ」
「む、無意識で出ちゃったのっ!」
「そういう所可愛いから、俺は手放せないんだよ。ちゃんと俺の傍にいなよ?」
「っ……ら、ラファエルも……私の傍にいてね……?」
「嫌と言われても手放す気ないから、安心して俺の所にいればいいよ」
そう言われ、またラファエルに唇を奪われた。




