第77話 曝け出した秘密
目の前にたたずむ女。
私は視線を離さなかった。
女が睨んできていたから。
私は女としても、王女としても、負けられない。
「私を呼び捨てにするんじゃ無いわよモブ王女が!」
「何故? 私は王女で貴女は平民でしょ」
繕うことなんて考えられなかった。
王女の仮面を付けて接するような、敬意を払うべき女だと思えないから。
多分、私の怒りが無意識のうちに沸点に近かったのもあると思う。
彼女が私に最初から突っかかってきたのもあるけれど。
「私はヒロインよ!?」
「意味分からないし」
「私がこの世界の中心っていう意味よ!」
「ますます訳が分からないわね。世界の中心は世界で、私や貴女は一人間。思い通りにいかないのが世の中でしょう」
「私はこのゲームの主人公よ! 皆私に跪くのが正しいのよ!!」
「平民の貴女に王家が跪くとでも? よくそんな事が平気で言えるわね。恥を知れ」
アマリリスの背後で騎士達が慌ただしく動いている。
恐らく遅かれ早かれラファエルの耳に届くだろう。
それまで時間を稼ぐべきか、実力行使するか。
悩みどころだわね…
「生意気なのよ! 不細工が!! ラファエルに愛されていると勘違いしている無能王女!!」
「へぇ。無能って何処から見てなわけ?」
「無能でしょ! どうせラファエルが考えた案とかを自分の手柄にしてんでしょ!」
「どうせ? 憶測で物を言わない事ね。バカに見えるわよ」
「バカですって!? ヒロインの私を馬鹿にするな!!」
髪を振り乱し、ヒステリックに叫んでくる。
顔は美人のままだけれど、ボサボサの髪、牢を脱してくるときに汚れたのか薄手のドレスはボロボロ。
かつての煌びやかな装いだったアマリリスとは別人に見えた。
………それでも顔だけは美人って、嫉妬するけど。
それはさておき…
キンキン叫ばれると耳が痛くなる。
「甘味は確かにラファエルが作ったもの。でもリメイク品は? 温泉の源泉を流す案は? ミシンの柄縫いは? サンチェス国からの輸入食の手配交渉は? ラファエルが編み出したというの?」
「それ以外に何があるのよ!!」
「街の人や城内の噂話を耳にしても、それを言える貴女は逆に凄いわ」
本当にアイデアがラファエルから生み出され、私の手柄にしているのなら、私の噂の中の半分は悪評のハズだ。
そんなものが流れているなら、ライトとカゲロウが私の耳に入れないわけがない。
私に真実を報告してくるのが影。
その辺りは本当に信頼している。
嘘の、虚偽の報告はしてこない。
ありのままの2人の言葉を私は聞き、そして判断しなければならないのだから。
王家の人間として、自分の政策が上手くいっていないほど、民を苦しめるのだから。
私は民を幸せに導く義務があるのだから。
その義務を果たしてこその、私の生活。
私が綺麗なドレスを着られるのも。
素敵な装飾品を身につけられるのも。
常に豪華な食事を出されるのも。
全て私が民から与えられているものだ。
民の血税が私を支える。
その分重い責任が付きまとう。
それ相応の見返りを、民に返さないといけない。
だからこそ、民の為になるなら知識など絞り出してラファエルに渡す。
ラファエルに実行してもらう。
私1人で出来ないから協力してもらう。
誰かと共にしか、出来ないことだけど、1人で出来ることなど限られている。
その点で言えば、私は褒められる事はほんの一握りの成果だけ。
ラファエルの成果だと言われても仕方がない。
でも、それをアンタに言われる筋合いはない!
「今すぐラファエルから離れなさい!! アンタは無能王女! モブ王女なんだから!! ラファエルに相応しくないのよ! 不細工女!!」
指差されながら中庭に響く声で言い放たれた。
私はそれを冷ややかに見返した。
「では聞きますが、誰ならラファエルに相応しいんですか」
私は背を伸ばし、軽く前で手を重ねていたけれど…
――王女の立ち姿なんてやってられないわ。
完全に頭来た。
少し首を回して、騎士もライトもいる場所で腕を組んだ。
そして思いっきりアマリリスを睨みつけた。
今の私の姿は、悪役令嬢さながらの立ち姿だろうな…と何処か一部の冷静な私が思ったように感じたけれど、もういい。
私は今、目の前のアマリリスしか視界に入っていなかった。
「私に決まってるでしょ!!」
「バカかあんた」
容赦なく、間髪入れず、言ってしまった。
優越感に浸りながらふふんっと勝ち誇った笑みを浮かべたアマリリスの顔が、一気に固まったのを見た。
「んなっ……何ですって!?」
「バカかあんた、って言ったんだけど?」
「2回も言うんじゃないわよ!! 何様!?」
「王女様。または姫様」
「~~~あんたねぇ!!」
何様って聞かれたから答えただけなのに。
作っているときの私はこんな事は言わないけど、アマリリス相手に王女とかソフィアでいても、通じない気がした。
いや、確実に通じない。
だから、同じ転生者として言わせて貰う。
こんなやり方、こんな攻め方、絶対に許されないと思う。
日本だったらまた別として、階級やら国政を担う王族相手に、好き勝手しすぎだ。
本当に好きなら正面からぶつかることもありだけれど、今や平民になったアマリリスが、他国で、王宮で、王太子の婚約者相手に、決して許されない喧嘩を売った。
王女でも、ソフィアでも、言葉が通じないなら、(前世の)私が相手するしかない。
ゆっくりと瞬きすれば、アマリリスの後方に――ソフィア(私)が大好きな人が見えた気がした。
………でも、ごめんね。
私、許せないから。
大好きな、ラファエルとの仲を裂こうとするこの女が…
だから――
秘密、守り通せなくて……
ラファエルに距離を置かれたら……きっと泣いちゃうと思うけど……
「モブ王女、無能王女、煩い。そんなにゲームの世界に浸りたいわけ? ふざけないで。ここは現実。いい加減ヒロイン思考やめたら? 性格ブスヒロイン」
私は、今後の問題は後にして目の前のアマリリスを、叩きのめすことに決めた。
「は……?」
私の一言で、アマリリスが唖然と私を見た。
ずっと視線は交わっていたのに、漸く今、私とアマリリスの視線が合ったように感じた。
「あいにくだけど、ラファエルのルートは私が攻略済みなんだよね。あんた、入る隙ないから。ご愁傷様」
「な、ななな…!!」
「ラファエルにこっぴどくフラれたんだから、哀れな悲劇のヒロインやって他の貴族誘惑すれば? あんたを貰ってくれるヤツ、いないと思うけど」
「あ、あんた!!」
「っていうか、以前城下でやってた“私のために喧嘩しないで”って、マジウケたんですけど? そのままハーレム続けてれば良かったのに、欲出すから攻略対象モノに出来ないんだよ。ってか良くあの選択肢の恥ずかしい台詞言えたよね。私、あんな事言える度胸ないから逆に感心するわ」
うんうんと頷いていると、アマリリスが私に飛びかかってきた。
ライトに即捕獲されていたけれど。
「あ、あんたも転生者!! 何で! モブのくせにラファエルと! そのポジションは私のモノよ!! 返せ!!」
それでも私を掴もうと腕を伸ばしてくる。
ライトに押さえられているから届かないけど。
逆に私がアマリリスの胸ぐらを掴んだ。
淑女としてはありえないけど、アマリリスの勝手をもう許さない。
目を覚まさせるには、強引でもなんでもやらなければ。
強気で行かなければ。
本気でぶつからなければ。
『人の上に立つなら、人を動かすなら、相応の覚悟を持って接しろ』
かつてサンチェス国王に言われた言葉が不意に頭を過ぎった。
自分がヒロインだからと、愛でられて当然と思っている、自分の思い通りになると思ってる人間に、誰が惹かれるというのか。
相手を尊重しない者が、どの口でヒロインと言えるのか。
今のアマリリスは、ゲームの悪役がピッタリの自己中令嬢でしかない。
「随分好き勝手やってるけど、人には任された役割があるんだよ。全部が全部ゲームと一緒にするな。1人の人間として扱え。キャラなんて何処にもいない。いるのは1人1人の人間。感情もあるただの人間なんだよ…生きてるんだよ!」
冷たいテレビ画面の向こう側のキャラじゃない。
泣いたり笑ったり怒ったりする、体温のある、心がある人間だ。
私の大好きな人も、1人の男の人なんだから!
「自分の与えられた役割も果たせない人間が、他の人に大事な存在として認められるわけないでしょ! いい加減に思い通りになるなんて考え捨てなさい!!」
「あ、あんたなんかにっ!」
「ラファエルは私のモノよ! 何が返せよ! ラファエルは最初から私のモノなの! 私は彼のモノなの! 私達の仲を、貴女如きが裂けると思わないで! ラファエルの格好良さも、可愛さも、弱さも知らないあんたなんかに、奪われる物など何一つないわよ!!」
あ、やばっ。
目頭が熱くなって、瞳から温かい雫が地面に落ちていった。
………何してるの私…
涙なんて流す場面じゃないのに…
「ソフィア」
ビクッと体が跳ねる。
ラファエルの声は、私の全身に響いた。
凍り付いたように体が動かなくなった。
…ぁぁ……私は、怖いんだ。
ラファエルに失望されて、幻滅されて、嫌われて、離れられるのが…
いつの間にか隣に居たラファエルを見られない。
そう思っていると、ラファエルに抱きしめられた。
アマリリスを掴んでいた私の手を、そっと外しながら。
「そうだよ。ソフィアはやっぱり可愛いね」
………ぇ?
何処に可愛い要素が……
思わず直前に考えていた思考が一気に真っ白になった。
「ちゃんと分かってるんだね。ソフィアが俺のモノって」
………ぇ? そこ?
私は思考回路が停止し、ラファエルに対しての恐怖も、アマリリスへの怒りも吹き飛んでしまったのだった。




